みんなちがってみんないい
一行は当初の予定通り、野営することになった。
ちょうど道中で見つけた洞穴を探索し、早めに場所を決めたのが良かった。
ざあざあと雨が降ってきたのだ。
夕方にはまだ早い頃合いだったが、
「この雨じゃ移動は無理だな」
と、モルフェが言った。
ノエルが驚いたのは、二人の手際の良さだった。
枝を集め、小さく切り、集めて風魔法で乾かし、火をつけて焚火にする。
風通しの良い入口側でモルフェが焚火を作れば、レインハルトが串を作る。
荷物にあった加工肉を刺して、モルフェが道中採っていた果実をかけて炙ると良い香りがしてきた。
あれだけ仲の悪いのが不思議な程だった。
肉を食みながら、少し残念そうにレインハルトが言う。
「ボアでもいたらよかったんですが」
口端に肉の脂をつけながら、モルフェが頷く。
「ああ。アレは魔獣臭いけどわりとイケたな」
「それはお前の調理方法が悪いだけじゃないのか。鍋でアクをとるんだ、……」
などとサバイバル術で喧々囂々し始めた若人たちを見ながら、ノエルは感心した。
「二人とも慣れてんだなあ。野営で食事とか、どうやったらいいか思いもつかなかったよ」
レインハルトとモルフェは、視線を合わせた。
自分たちの主はのんのんとしていて、いつも朗らかだ。
世間の荒波や苦汁なんてものには、頓着しないように見える。
そのくせ途轍もない魔力を備えていて、信じられないことをやってのける。
自分の命を狙ってきた刺客を仲間に引き入れてしまうお人好し。
そのくせ、老成した指導者のように達観しているときがある。
「いいんですよ、ノエル様はそれで」
「ああ。お前はボアに突進されてるくらいで丁度いいんじゃねぇの」
泥水をすすって生きてきた記憶のある若者二人は、主にこのままでいてほしいと願った。
コボルトを殺してしまって、ショックを受けたように固まっていたノエル。
それくらい平和でいい。
平和の象徴のような存在がいたほうが、救われる時もある。
「もう一本食べますか?」
と、レインハルトがすすめた串を、ノエルは嬉しそうにもらった。
モルフェは、久しぶりのあたたかい食事を噛みしめるようにして食べていた。
食べ終わったノエルは、ちょっとトイレ、と小雨になった外へ出て行った。
後を追って、モルフェが立ち上がろうと腰を上げる。
「ああ、じゃあ俺も――」
「ちょっと待て」
ぐ、とレインハルトに掴まれた腕を、モルフェは嫌そうに振りほどいた。
「気安く触るな」
「今は行くんじゃない、後にしろ」
「んだよ」
「お前に言っておかなければならないことがある。ノエル様のことだ」
レインハルトはため息をついて、打ち明けた。
「ノエル様は……女なんだ。だから並んで小用を足すのは控えてくれ」
「は?」
「正確に言うと、体が女で心は男なんだ……というか、本人が言うには、成人男性だ。わりと、年長の」
「何言ってるんだ? 笑えねぇぞ」
「泉で見ただろう。あれは『男にしては肉付きの良い身体』ではない。つまり、だ。ざっくりと言うと、女にしては、付くべき場所に肉が付かなかった貧」
「アイス・バレット!」
レインハルトの右耳の隣を、ヒュンッと軽快な音を立てて氷の礫が通過した。
「あっ、惜しい。外れた」
戻ってきたノエルは微笑んでいた。
が、目は笑っていない。
ノエルが近付くたびに、洞穴の気温が下がっていく。ノエルは言った。
「レインハルトくん、世の中の淑女に代わって言うが、女性の体について知ったふうな口をきくのは良くないな」
十五の娘にはない謎の凄みがレインハルトの背筋を凍らせた。
「ノエル様、いや、これは言葉のアヤで……」
「みんなちがってみんないいという、カネコ先生の格言を知らないのか」
「カネコ先生って誰ですか!? 待って下さい、誤解です」
「何か言い残すことはあるか」
「それ、モルフェに言ったやつですよね! いや俺は別に、女性の魅力はそこじゃないと思っています、どっちかというと尻……」
やぶ蛇に気付いたレインハルトが口をバツ印にする。しかし、もう時すでに遅しである。
「ほお〜、お前も男の子なんだなあ」
ノエルは少しばかり腹が立っていた。
中身が日本酒を欲しがるおっさんであることを否定はしないが、十五年間、淑女として生きてきた自分のプライドというものがある。
いわば、身内を貶されたのに近い。
二人の娘のような、友人のような、ノエルの慎ましやかな膨らみ。
(でもマナーは大事だよな。親しき仲にも礼儀ありっていうか)
ノエルは魔力を集め、片手で握りしめられるイメージにして硬めた。
ピッチャー振りかぶって。
ミットはレインハルトの下半身だ。
「青年よ、悔い改めよ! フローラ!」
「わー!」
股間に原色の花が咲き乱れ始めたレインハルトを放置し、モルフェがおずおずとノエルに近寄ってきた。
「……マジなのか」
「マジです」
ノエルはモルフェの顔を見上げた。
焚き火の炎が二人を照らす。
真剣なモルフェの野性的な顔立ちが、ほの暗い洞穴に照らし出された。
「お前は女なのか?」
「あー……まあ、うん、どっちかっていうと……体はな、そうなんだ。中身はそうとも言い切れないんだが」
モルフェはパチパチと瞬きをした。
「おんな」
呆然とノエルの顔を見て呟いている。
「黙っててごめんな。隠すつもりじゃなかったんだけど」
モルフェは言った。
「あんなに胸がなくても、女になれるのか?」
ノエルは純粋な青年の緑がかった瞳に、にっこり笑いかけた。
「悪気はないんだよな、お前は」
しかし青年よ、学ぶがいい。
デリカシーというものを。
ノエルは丁寧に詠唱し、エネルギーを放った。
的に向かって――。
「フローラ・バレット!」
花の弾丸を、頭に一発、胸に二発打ち込む。
前世で射撃訓練を受けた経験が役にたった。
モルフェの頭上に、ピンクの花が咲き乱れた。パステルカラーをイメージしたせいか、ものすごくファンシーな花冠になっている。
胸にはメロンのような花のボールが二つ盛り上がってくっつき、あたかもナイスバディのお姉さんのような胸元に仕上がった。
モルフェが叫ぶ。
「んだこれ! ヤメロ!」
「胸があれば女になるのか? ん? じゃあ暫くお前はお姫様だな? わりと似合ってるぞ」
と、ニヤニヤしながらノエルは言ってやった。
「ふざけんな! うわ、乳が取れねえ……重……」
後ろで股間に花を咲かせたままのレインハルトが指を指して笑っている。
馬鹿らしい夜は更けていった。




