真実の泉
「どうする? どうすべき? どうしよう?」
ノエルは小声でレインハルトに言った。
「あいつ男だよな?」
レインハルトも小さな声で答える。
「何を分かり切ったことを言ってるんですか。あんなデカくて重い女がいたら尊敬しますよ。怪我した時に宿屋で一緒に脱がせたでしょ」
「だってさ、……俺はモルフェと旅したいしさ、レヴィアスまで連れて行ってやりたいし。俺が女の体ってだけでさ、変な感じになっても微妙じゃん」
「仮にあいつが風呂やら水浴びやら何やらでノエル様を見て欲情したとしたら、それまでじゃないですか」
「浴場、だけに?」
「……そうですね」
「ごめん! やめて! せめて呆れてくれ!」
地図を見ながら迷いなく歩いていくモルフェの後ろを、レインハルトとノエルはヒソヒソ声を交わし合いながら着いていく。
「男と女の友情ってさ、ホントに難しいんだぞ、レイン」
「先輩の有り難いアドバイスは恐悦至極なのですが」
レインハルトは冷静に言った。
「今は差し当たり、御自分の心配だけ考えておられたらいいかと」
「えー……ヤバイって。どうしよ」
これまでは宿屋での湯浴みだったから別々に時間帯をずらして何とかなっていたが、真っ昼間から泉で一緒に水浴びすればさすがにバレる。
「仕方ないですね。体臭で魔物に見つかるのは嫌ですからね」
と、紅茶のような香りを纏う男がさらりと言う。
加齢臭に怯えた前世が懐かしい。
「なあ。やっぱり女の体です、って先に言ったほうがいいか」
「いいんじゃないですか、後でも。なんか面白そうですし」
レインハルトは無責任にも言い放った。
「レインお前さ……面白がってない?」
「面白がってます」
「おい」
何とか言っているうちに、泉に到着した。
人通りはおらず、澄んだ美しい水だ。
綺麗なのだが、いかんせん狹い。
小さな泉であることが、今のノエルにはじわじわとボディーブローのように効いてくる。
「よし、ここで水浴びを……って、ノエルどうしたんだ? 泣きながら笑って怒ってるみたいな顔してるぞ」
モルフェがバサッと上着を脱いだ。
ノエルはまさにその状況だった。
若者の不興をかいたくはない。
(聞いてくれ! と言って打ち上けるべきか。それともむしろ何でもないように裸になって、突っ込まれたら「ああ、そう」くらいのノリでいったほうがいいのか、というか中身は男だっていうのめちゃくちゃ説明し辛いな)
どうしようと逡巡している間に、モルフェは上も下も服を脱いでいる。
(ヤバイ、令嬢なら直視してはいけないものを目にしてしまったあ……うん……俺としては見慣れたアレではあるが……状況的には痴女一択だ……どうする、このまま若者に引かれずに乗り切れる道が一本も見えねぇ……)
隣でニヤニヤしていたレインハルトがバサッと上着を脱いだ。
え、と思いながら隣を見ると、
「そんなにじっと見られると……恥ずかしいです、ご主人様」
とニヤニヤしながらレインハルトが言う。
(こいつ、今日性格悪いな!?)
ノエルは愕然として、均整の取れた色白の腹筋を見た。
モルフェが地黒なので対照的だ。
性別は同じでも人間が違えば別の肉体なのだなあとノエルは思う。
(なんか、あの……黒と白のクッキーサンドみたいだな……)
それにしても主が困っているのを見て楽しむなんて、従者として失格なんじゃないか。
レインハルトは全く強かなやつだ。
オークから助けてくれた十年前は、優しくて強いお兄ちゃんの顔をしていたのに。
いくら美貌でも、枯れたおっさんが若い男の身体を見てどうにかなるわけもない。
が、周りから見ればタイプの違う美青年を連れて旅する令嬢なのだ。
そして、その令嬢は男装している。だからこそややこしい事態になっている。
(えーい、ややこしい! 男とか女とか無しで……カタツムリになりたい!)
なるようになるさ。
ノエルは諦めて粛々と服のボタンを外し始めた。
レインハルトが、ぎょっとした。
「ノエル様!? 何してるんですか」
「入るんだろ」
「待って下さい! それはダメでしょう」
「中身はおっさんだからさ」
「外身は少女なんですよ! からかってすみませんでした」
「いいか? 昔の風呂は、混浴っていって男も女もなくみんな肌をさらけ出しあってたんだ!」
「そんな狂った風呂が存在するわけないでしょう? 妄想の世界から帰ってきて下さい」
「妄想じゃない! 前世にはあったんだって」
「あなたの前世の世界はどれだけ混沌としてるんです!?」
確かにクレイジージャパニーズカルチャーだったかもしれない。
でも、それはそれ、これはこれ、である。
ノエルはすがすがしい顔で言った。
「もうさ、いつかバレるんだからモルフェにも言っといたほうがいいだろ」
「あっ……」
レインハルトが止めるのを振り切って、ノエルは一糸まとわぬ恰好で泉に入った。
アダムとイブの邂逅の絵姿のようだ。
ノエルはいっそ厳かな気持ちになって、豪快に水をかぶっているモルフェに近づいていった。
「モルフェ」
呼びかけると、モルフェは顔を上げた。




