コボルト殲滅
結局その日、ノエルは詠唱なしでの魔法を発動させることはできなかった。
しかし、モルフェから教えてもらうことは学院では知らないことが多く、刺激的だった。
レインハルトとモルフェの関係は相変わらずギスギスしていたが、ノエルは間を取り持ちながら旅を進めた。
トイレと風呂にさえ気を遣えば、あとは気安い男の旅だ。
令嬢として扱われた十五年、気を抜けなかったノエルとしてはものすごく開放された気分だった。
ノエルたちはレヴィアスまでの道のりを決めた。
それは、オリテの北西側から、山脈の麓を歩くようにレヴィアス側へ抜けるというものだった。
回り道な上、正規のルートではないため、きちんとした宿場町や市場はない。
しかし、かつてオリテを追われたレインハルトの立場を鑑みて、なるべく人目につかない道を選んだ。
長髪のレインハルトは、いつも髪を結わえているので分からないが、湯浴みの後の姿を見ると女性にしか見えない。体つきを見れば明らかに男なのだが、顔が顔なので、着るものをゆったりさせて体の線を分からなくすれば、周囲からは大柄な女のように見えるに違いない。
おそらく、変装しやすいように髪も伸ばし続けていたのだろう。
こいつは何から逃げてるんだろうか。
隣を歩くレインハルトの涼し気な横顔を見ながら、ノエルは青年の過去を想像した。
何から逃げているんだとしても、今は仲間になったのだから、少しでも助けになってやりたい。
モルフェにしたってそうだ。
ゼガルドが奴隷を持っているなんて知らなかった。
前世ではもちろん生活に馴染みのない言葉だが、この世界では違うのだろう。
学院の授業では、『古代奴隷制度はあったが、近代になり廃止された』と習った。
どうもおかしい。
学院で習っている知識と、モルフェが言っていることが違う。
そして、彼の言っていることが正しければ、ゼガルドの王室や貴族たちは秘密裏に『奴隷たち』を使って悪趣味なショーをしたり、暗殺に使ったりしているというのだ。
そんなこと、本当にありえるのだろうか?
だが、実際にノエルとレインハルトはモルフェに命を狙われたのだ。
これだけの腕があれば、モルフェはいつでも逃亡できたと思うが、そうではないのだろう。
何かノエルの知らないことが、ゼガルドの中で起こっている。
(そうはいっても、もう関係ないかもな。俺たちは晴れて国外追放。世捨て人だ)
正義の味方は前世で終わりだ。
今度はのんびり、まあ、誰に迷惑もかけずに余生を送れば上等だ。
十五のノエルはそんな隠居爺のようなことを考えながら、麓の長い山道をとことこ歩いていった。
その時、藪からガサガサッと物音がして、何かが飛び出てきた。
「コボルトです!」
レインハルトが言った。
コボルトはよだれを垂らしながら、ぎらついた目でノエルたちに向けて吠え掛かる。
ノエルはモルフェに習ったことを今こそ実践してみようと、身構えた。




