戦闘とは(3)
レインハルトはモルフェの目前まで悠々と歩いてくると身構えた。
短く吐くかすかな息づかいだけ聞こえる。
一瞬の静寂の後、レインハルトは動いた。
モルフェの頭上から思い切り斬りかかる。
生身の刃がギラリと光るのを見て、ノエルはドキリとしたが、ぐっと我慢してそのまま見ていた。
モルフェにも考えがあるのだろう。
パリン。
何かの割れる音。
(あっ!? これ、あのときの……)
ノエルは目をみはった。
モルフェは詠唱をしなかった。
しかし、モルフェの頭上は見えない盾に守られてでもいるかのように、レインハルトの剣を弾き返した。
レインハルトが再び斬りかかる。
カン、カンと、金属と金属がぶつかるような音がする。
レインハルトは何度も何度も斬りかかったが結果は同じだった。
モルフェは涼しい顔でレインハルトの猛攻を防いだ。
「上がダメなら横からってか? そりゃ単純だぜ」
「っ……」
汗を滲ませたレインハルトが悔しそうな顔をしている。
(レインが攻撃できないなんて……)
珍しい、というよりは、こんなレインハルトを見たことがない。
いつも優勢で、容易く魔物を蹴散らしているのに。
「おい、終わりだ。おつかれさん」
モルフェの声に、レインハルトが剣を仕舞った。
名残惜しそうにモルフェをにらみつけている。
息を荒げているレインハルトと対照的に、モルフェは汗ひとつかいていない。
(うわ~……)
実力差はあると思ってはいたが、ここまでとは。
(『ラッキーまぐれ当たり』で命びろいしたな……)
こんな奴とまともにやりあって勝てる気がしない。
剣を氷で伸ばす! という単純極まりない攻撃が、あんなに氷の波動のような代物になるとノエルも思っていなかった。けれど、誰も想像できないやり方が逆に良かったのかもしれない。
ノエルは今生のラッキーに心中密かに感謝した。
「な? 詠唱なしでも防御できるだろ」
「ああ。すごいな、どうやってるんだ?」
「どう、って言われてもな……ああ、縛られた状態で殴られたらできるようになるんじゃないか?」
ノエルは押し黙った。
モルフェは真面目な顔で付け足した。
「俺はそうだった。やってみるか?」
「いや、いい……」
壮絶な過去の生活やら傷やらがありそうな気はひしひしとする。
が、本人が今元気なので、そういう話はおいおいしていこう。
(うん。今は冒険だ! 魔法だ! 亡命だ!)
ノエルは切り替えた。
肩についた砂埃を払っているモルフェの前にまわる。
なかなかノエルを見ないので、上着の裾を引いて笑いかけた。
かつて、補導少年に話しかけるときは目を見て話すのが基本だった。
その警察官マインドは、ノエルの中にしっかり息づいている。
上背ではさすがに敵わないノエルは、モルフェを見上げて言った。
「モルフェ。魔法も剣も、俺たちまだまだなのがよく分かったよ。お前はすごいな。これからも教えてくれ」
モルフェは感情の読み取れない目でノエルを見下げていた。
「俺もがんばるな!」
ノエルがにこっとすると、モルフェはため息まじりに言った。
「……うるせーよ、ヘタクソ」
頭をぎゅっと片手でつかまれる。
久しぶりに会う弟のような――。
ノエルはモルフェの頑なだった心が少しほどけはじめたのではないかと感じていた。




