死ぬよりも苦しい道
「俺は……死んだのか?」
モルフェは呆然として呟いた。
青年らしい精悍な顔つきのモルフェの頭を、ノエルは軽く小突く。
「死んでたらここにいねぇだろ。宿屋だ宿屋」
「宿……」
そういえばものすごく柔らかい物の上にいる気がする。
モルフェは瞬きをして、状況を把握しようと努めた。
「お前さ、内臓一個無くなってたみたいだから、もうちょっと安静にしてたほうがいいぞ」
目の前の紅い髪の少年はそんな物騒なことを言って、モルフェに水差しを近づけた。
もう既に死んでいる気持ちのモルフェは、されるがままに口をつけた。
冷たい水が喉を潤して気持ちが良かった。
「被疑者死亡なんてザマァねぇこと、許さねぇからな」
紅髪の少年、ノエルはそんなよく分からないことを言ってモルフェの口を拭いた。
透き通った紅水晶のような瞳が優しげに細められる。
ぞわ、と良く理解できないものへの怖れが先立ったけれど、指を動かす元気も無かった。
モルフェは目を閉じた。
ノエルが喋り出す。
「レインが今、森で色々採ってきてくれてる。薬草とか水とか……お前がいつ目覚めるのか分かんなかったからさあ。いやー、でも早めに目覚めてくれて良かったよ。あと二日で起きなかったらレインと俺とで交代で負ぶっていくことになってたんだ」
モルフェは尋ねた。
「俺はどうなるんだ」
「え、どうって……歩いてくれよ。お前重そうだし」
「そうじゃない。どこで殺されるんだと訊いてんだ」
「はぁ? お前ねぇ……俺らがどんな大変な思いして、お前をここに連れてきたか分かってんのか。ベッドで手当てしたの誰だと思ってんだ?」
ノエルはモルフェに語りかけた。
「お前な、死ぬよりも苦しい道って知ってるか。生きることだよ」
「……知ってる」
モルフェは確かに知っていた。
奴隷として生きることは、安らかな死なんかよりもずっと長くて、苦しい。
それでも生にすがりついて、他の命を殺して生きてきた。
そして、モルフェは負けたのだ。
今更どうなろうと文句は言えない。
「逆にきくけど、どうなると思ってるんだよ」
と、ノエルが尋ねてきた。
モルフェは内臓のチクチクする痛みに顔をしかめながら言った。
「そのイチ。ゼガルド王室への土産物にして、あのソフィとかいうやつを蹴落とす材料に使う。俺は自白して罪を認め、女と一緒に絞首刑」
「おお。お前、意外と賢いな」
と、ノエルが言う。
「そのニ。オリテの警備隊に突き出す。オリテ国内を血で汚した不届き者を捕まえたとかで、それなりの報奨金をもらう」
「なるほど。そういうやりかたもあるな」
「そのサン。ゼガルドもオリテも関係ない別の国に連れて行って、その筋のやつに売り払う」
「おいおいー、人身売買はダメ、ゼッタイ」
と、話している最中に、バタンと音がした。
モルフェが目を開けると、レインハルトが戻ってきてドアにカギをかけるところだった。
「残念だが全てハズレだ」
と、レインハルトは言った。
黒髪の下の涼やかな美貌がモルフェに言い放つ。
「お前の命はブリザーグ伯爵家が貰い受けた。お前はこれより、私たちと行動を共にしてもらう。レヴェアスまでは遠く険しい道のりになるだろう。男手は多い方がいい」
「あ? 待て待てちょっと待て」
「お前が目覚めるまで、我々はもう3日も待っていたのだが?」
「だが? じゃねェよ。いやいや、意味がわかんねぇこと言うなって」
「神経が鈍いのかお前は。何度も同じことを言わせるな。いいか、お前はもうゼガルド国の奴隷ではない。奴隷としてのお前は三日前に死んだ。今日からのお前はブリザーグ伯爵家の護衛だ」
「は、ああ? ばっ……バカかお前は! 奴隷が勝手に国を出て行けるわけないだろ!?」
それまで孫を見守るジジイのような顔で、にこにこと微笑んでいたノエルが口を開いた。
「なー、お前さあ。もうとっくに出てるよ。ゼガルド」
「な……それは、あのクソどもに。命じられたから」
「何でもいいけど、お前は俺たちに負けたんだろ。ていうか、殺されたよね? 普通だったら死んでたもんね、アレは。だから、いいか? ゼガルドのお前はもう死んだの」
「俺に飲ませたアレは……」
ノエルが目を輝かせて言った。
「あー、あれ! 秘薬な。レインハルトが黒い方飲ませるかと思って、めっちゃハラハラしたぞ。つーか絶妙だったな! お前剣士とか護衛より、医者とかそっちの方が向いてるんじゃねぇの」
「恐縮です」
レインハルトは口端だけで笑う。
モルフェには意味が分からない。
(なんだ? 俺を殺して? また生き返らせる? そんなことあるか? なんで?)
「俺を生き返らせてどうするんだ?」
モルフェは疑問の浮かぶままに尋ねた。
この意味の分からない二人組に、たった一日でモルフェの今まで培ってきたもの全てを台無しにされているような気がする。
レインハルトとノエルは、その整った美貌を見合わせた。
そして、息をそろえて同じ台詞を口にした。
「仲間にするんだよ」




