暗殺者
「シャバの空気は久しぶりだ! いいなぁお前ら、こんな中で死ねるんだぜ」
目をらんらんと輝かせたイカレ野郎は、ナイフをぺろんと舐めた。
上着を脱いだ両腕は逞しい筋肉で、見るからに市井の人間らしくはない。
極めつけは腕の入れ墨だった。
呪文でも刻み込むかのような緻密な入れ墨は、まるで右腕と左腕が武器であると示しているかのようだ。
尖った犬歯は本当の獣のように男を見せていた。
男はレインに真っ向から斬りかかった。
瞬きの間よりも速く、男が走る。
「ぐっ……?!」
「レイン!」
レインは意表をつかれて後ろに下がった。
が、なんとかナイフの刃を剣で止めた。
力は拮抗しているのが、押し返すレインの手が震えている。
「イイなあ兄ちゃん! 気に入ったァ……! じっくりやろうじっくり! 俺嫌いじゃねーよそういうの。あんたの好きなようにさせてやるよ。どうする? どう死にたい?」
男は興奮でらんらんと目を輝かせていたが、奥底に暗い闇があった。緑がかった黄色い目は子どものように純粋な愉悦と好奇心に満ちている。
「火あぶりがイイ? 水責め? 意外と土とか? それともこのまま剣でイッてみる? なんてな」
「ふざけるな……」
レインが絞り出すように言った。
「真面目だって」
男が短剣をぐぐ、と押す。
表情からするとまだ余裕がありそうだ。
「どーせ死ぬんだったら、一番好きな死に方がイイだろ? 俺、結構優しいからよ。ちなみに、オススメは」
「うるさい!」
「はは……」
にたり、と男は八重歯を見せて笑う。
瞬間だった。
男は短剣を片手で持つと、反対側の手でレインハルトの横っ面を思い切り殴り飛ばした。
余りの速さにレインハルトは受け身もとれず、地面に転がった。
「遠慮すんなよ」
転んだ者は起き上がる数秒の隙がある。
男は容赦なくレインハルトに襲いかかった。
剣士の矜持も何もあったものではない。
ただルールのない無秩序な暴力。
(こいつ正気か!? マジでイカレてやがる)
ノエルは得体のしれない恐怖にぞわぞわと背筋を泡立たせた。
男の黒い髪は地毛なのだろう。
レインと違って濡れたような深い濃さがある。
黒豹のようなその男は、目だけをやけにぎらつかせながら、不敵に笑っていた。
(なんか分かんないけどヤベェって。こんなん……薬物きめてるやつのぶっ壊れ方だ)
前世で刑事をしていた時、やはり仕事がら見ないわけにはいかなかった。
違法な薬物で廃人になってしまった人間たち。
被害者であり、自らへの加害者でもあった彼らにやるせない思いになったこともある。
(薬物、駄目絶対!)
ノエルは胸に手を当てた。
渦巻くエネルギーが集まってくる。
(そこそこの大きさになるイメージにして……)
山火事のときはひたすら大きくまとめたエネルギーを、あのときよりもっと小さくなるように想像する。
ノエルは、レインハルトと刃を交えている男の背中に向かって詠唱した。
「ファイア!」
男の背中が燃える――
はずだった。
パリンとガラスが割れるような音がした。
炎が跡形も無い。
「えっ?」
「くっくっく。残念――! さっき言わなかったか?」
気付けばノエルの背後から声がしていた。
「俺、どっちもイケんの。魔法も剣も。悪ィな」
ファイア。
ノエルの耳元で甘く囁くように、わざとらしく男が唱えた。




