2たす1
一夜明けた。
ノエルとレインハルトは連れだって宿屋を後にした。
「なーレイン。じゃあ、打合せ通りに右に行くぞ」
ノエルは元気に言った。
少しげっそりしたレインハルトは頷いたが、不満そうに漏らす。
「レヴィアス行きに文句はありませんが、ノエル、寝るとき、なんとかなりませんか……」
「俺のかわいさといろっぽさにアテられちゃったか?」
「一億パーセント違います、いびきですよ……あんな……貴方どこか悪いんじゃないですか?」
「やめろよ縁起でも無い! 健康だわ!」
「息が止まるんじゃないかと思うくらい豪快ないびきでしたよ……おかげで寝不足です」
「う……そりゃあ悪かったな。全然覚えてないわ」
彼らは迷わずに分かれ道を右に進んだ。
左はオリテの中心部へ向かう街道だ。
わいわいと人の声もあり、活気づいている。
宿屋から出てくる旅人も、みんな左へ曲がって歩いて行く。
対して右側は、山脈の方へ通じる旧街道だ。
山越えをしてレヴィアス国まで行き来をする商人たちが使うルートだ。
険しい山道や広大な砂漠など、自然条件は決して良くない。
東国の新興国ロタゾも魅力的な選択肢だったが、レヴィアスの方が政治的に安定しているという情報が決め手となった。
「あのさあ、俺思ったんだけど、もしかして二人分だからじゃないのか」
と、ノエルは切り出した。
「攻撃魔法のことだよ」
「二人? というのはどういうことですか」
とレインハルトは隣のノエルに尋ねる。
「だから、つまり、元々のノエルの体っつーか、魂には魔力があったんだよ。それこそ女一人分が抱えられるくらいの量の。だけど、そこでおっさんの俺がなぜか転生しちまったと」
「はあ……何度聞いても意味が分からない」
レインハルトが愚痴を言う。
「あの5歳の愛らしいお嬢様は嘘だったんですか? ああ……ショックだ」
「バカヤロー、5歳どころか産まれた瞬間から俺だったわ。ほんで、だ」
誰もいない旧街道を、ノエルとレインハルトは話しながらてくてくと歩く。
ぽかぽかと春の陽気が体を弾ませる。
良い天気だ。
「ノエルの元々の魔力量を2とする。んで、魔力のないやつとか、そこそこあるやつを1とするじゃん。で、結構そもそも強い魔力量で産まれてきた『ノエル』の体に、俺が入った」
「ええ。令嬢にオジサンが入ったわけですね」
「レインくんさぁ……コンプライアンスとかそういうの、俺結構気になっちゃうからさ、そういう言い方やめてくれる? あと、俺、オジサンっていっても30代だったからね?」
「さんじゅ……え、あ、ハイ……なんか、すみません」
「かわいそうなモノを見る目でこっち見んじゃねぇよ!? 傷つくんだよおっさんでも」
「スミマセン。それで?」
「あ、ああ。そんで、『ノエル』の体の中に入った俺の魂が『1』だったと。つまり、2たす1ってことだ」
レインハルトはわき出てきたスライムをぞんざいになぎ払った。
プチュッとゼリーがたたきつぶされるような残像を目の端に置きながら、野草に囲まれた細い道を歩く。
「令嬢の体が2。オジサンの魂が1。あわせて『ノエル』の中にあるのは、3の魔力ってことですね」
「そうだ。常人でも1、ちょっとデキるやつでも2ってことだろ。そりゃあ、ファイヤーが暴発するわけだよ」
ウンウン、と頷いているノエルを横に、レインハルトは剣を振りかざした。
今度はコボルトだ。
よだれを垂らして吠えかかる野犬を鮮やかに斬り払って、レインハルトは言った。
「じゃあ、今の状態は封印されていた魔力が解放されてるってことですね」
「うーん。そうなんだけどさ」
「歯切れが悪いですね」
「これが俺の力なのかなぁ……なんとなく、ムズ痒いっていうか」
ノエルは服の上から背中をぽりぽり掻いた。
父母に封印を解かれた後、背中からはキレイにあざが消えてしまったらしい。
背中の真ん中なんて自分で見ることはできないので、そうらしいとしか言えないが。
「布団に虫でもいたんじゃないですか」
レインハルトは冷たい。
旅をしてから主従というより、本当に兄のような距離感だ。
前世の『辰也』は一人っ子だったので、ノエルにとってみては不思議な感覚だ。
「ん。ちょっと待って下さい。あそこ、誰かうずくまっています」
「ほんとだ。おーい。大丈夫か?」
狭い道の途中。
赤い血でべったりと足を濡らした男が、ばったりと倒れ込んでいた。




