酒場の攻防
関所の近くの宿屋の食堂では、酒類が豊富だ。
というか、酒場で飯を食べるようなものだ。
何しろ集まるのは、国から国へ抜ける冒険者や商人ばかりなのだ。
ノエルはムワッとした熱気に包まれながら、質素だが腹にたまる塩のきいた料理を楽しんでいた。
宿屋と食堂は、夕方からそこを訪れた様々な客で賑わっていた。
「いやー、兄ちゃんも苦労してんだなぁ」
泣き上戸なのか、エールを浴びるほど飲んだ冒険者が訳知り顔で頷いた。
「ああ。それでも兄弟だからな」
レインハルトは涼しい顔で、グラスを傾ける。
しゅわしゅわと弾ける液体はエールのようだがエールではない。
ジョッキになみなみと注がれた『リューセル』という黄色いアルコール分のないジュースのような飲み物である。
「弟ってあそこで骨付き肉をかっくらってる赤毛の兄ちゃんか?」
別の冒険者がレインハルトに話しかけた。
「あんまり似てないんだな」
「腹違いの兄弟なんだ」
「そうかそうか。まあ、冒険者なんてみんなスネに傷のある身だかんな。どうしてオリテに行くんだ?」
「実は」
レインハルトは一度言葉を切って言った。
「あの弟は、男にしてはカワイイ顔をしているだろう。ゼガルドで高貴な身分の女性を妊娠させてしまったんだ」
「ヒュゥ~」
話を聞いていた冒険者たちは下卑た口笛を吹いた。
「ある貴族の屋敷で働いていてな。醜聞をまき散らしたって、そこの主人に殴り殺される寸前だったが、何とか助かって逃げてきたのさ。だから行き先は決めていないが、――次は女の少ない国がいいな」
「ハッハッハッ、違ぇねぇ!」
「弟も懲りただろうよ」
「いーや、だらしねぇ奴ってのは懲りねぇんだよ。何度も同じことを繰り返す」
髭面の男がにやつきながら言うと、背の高いそばかすの男がすかさず突っ込む。
「ほーう、そりゃオメェの自己紹介か!?」
「なんだと!」
「がっはっはっは」
言葉は荒いが、その日集まった冒険者たちは陽気な奴が多かった。
レインハルトは場があたたまったことを確認しながら、なんとなしに切り出した。
「ゼガルドもオリテも不安定だろう。ここからどこへ向かうか決めあぐねてるんだ。どう思う?」
酒臭い息で、髭面の男が答える。
「あー……俺ぁレヴィアスから来たけど、案外良かったぞ。国が広いからか政情が安定してる。ただ、砂漠が広すぎて街に着くまでに死にそうになったがなぁ」
「だったら東のロタゾのがいいんじゃねぇのか」
別の冒険者が口を挟む。
「ロタゾは今ちぃっとばかしきな臭いが、とにかく豊かだ。兄ちゃん、庶民の暮らしぶりを見りゃあその国の豊かさが分かるって昔から言ってなぁ。お? 噂の弟じゃねぇか。おい、お前、聞いたぞ。そんな優男のナリして、やることやってんじゃねぇか、クズ野郎!」
「クズ野郎……?」
骨付き肉の油を唇につけたままレインハルトたちに近付いてきたノエルは、不名誉な呼びかけに眉をひそめた。
髭面がにやつきながら言った。
「女ぁ孕ませて逃げて来たんだって?」
「……落ち着いたらちゃあんと、身重の嫁さんを迎えに行きますよ」
弟・ノエルはいろんな感情を押し込めたように一瞬顔を歪め、レインハルトを睨みつけたが、すぐに微笑んだ。
「俺もたいがいですが、そこで涼しい顔してる『兄ちゃん』も、ヤバい奴ですからね」
レインハルトはリューセルを飲みながら、ノエルを見やった。長いまつげが、頬に影を作る。
「弟もだけど兄ちゃんもキレイな顔してんなぁ」
「ホントに男かぁ?」
冗談ともからかいともとれる声に、レインハルトはふ、と余裕ある笑みを零す。
「確かめてみますか?」
「冗談キツいぜ兄ちゃん!」
「俺あドキッとしちまった!」
「女日照りには目に毒だぜ」
だっはっは、と笑い声が酒場に響く。
ノエルは盛り上がった男たちが、普段の呼吸に戻るのを待って言った。
さっきさんざん不名誉な噂を言われた仕返しである。
「兄ちゃんは……自分の姿にしか興奮しないんです」
「え……」
ノエルの爆弾発言に、冒険者たちは、思わずしんっと静まってレインハルトを見た。
確かに美丈夫だ。
長めの黒髪や首元の詰まった服装、眼鏡に隠されてはいるが、整った顔立ち。言われてみれば、長いまつげや骨ばった指が妙に色っぽい。
「人は見かけによるっつーか、よらねぇっつーか……」
複雑な思いの冒険者たちと、静かに
『後で覚えてろよ……』
と冷静に思っているレインハルト。
そして、してやったりのノエルは、揃ってグラスを傾けた。このあとはダーツで勝負をしてやろう。新天地の情報をかけて、一本幾らかで賭ければ何人かノッてくるんじゃないだろうか。
宿屋の夜は賑やかに更けていった。




