ターシャとロシュフォール公爵
ヴェテルのおかあちゃん(ゼガルド正妃)はターシャでした!※外伝参照
マーニャはオリテ王の嫁でした!
うおおおお間違えたああ 他の箇所もあると思うけどとりあえず完結優先で、後で直します
「いよいよ始まったようですね」
ロシュフォール公爵が言った。
オリテの城の一室は上品かつ伝統的な様子だった。
この部屋は城の一角、最も眺めの良い場所に設けられていた。
南向きの大きな窓からは、手入れの行き届いたオリテの庭園が一望できる。その向こうには、遠く連なる山々の稜線が昼の陽光を反射して緑に光っていた。
レインハルトーーレナードが王になってからは、オリテの伝統的な文様や獣人の意匠が使われた工芸品が、城のあちこちに飾られるようになった。
部屋には鮮やかな花柄が織り込まれた厚手の絨毯が敷き詰められ、足を踏み入れると、ふわりとした優しい感触が伝わってくる。
オリテの貴人のために誂えられた特別な部屋なのだ。その貴人こそが、ターシャだった。
「わたくしには祈ることしかできませんが……きっとうまくいくと思いますわ。そう信じましょうね」
カウチに優雅に腰かけているのは、ゼガルドの前王の妃だったターシャだ。
レインハルトの叔母でもある。
オリテに亡命したロシュフォール公爵とともに、今はこのオリテの城に逗留していた。
「ゼガルドは元々は歌と魔法を基にした平和な都市でした。私の祖先であるハーフエルフが……」
そこまで言うとターシャは咳き込んだ。たちの悪い風邪をひいて熱を出したのがまだ残っているのかもしれない。ロシュフォール公爵は手を叩いてオリテの家臣を呼んだ。
「ターシャ様。大丈夫ですか」
「平気よ、ごめんなさいね。ヴェテルは今どうなったのかしら。わたくしにもまだ母親らしい感情が残っていたのね。読みかけの詩集と同じくらい、どうにも気になって仕方がないのよ」
「ご安心ください。レヴィアスのマールの村へ向かって馬車が出ているはずです。ヴェテル様はそちらに」
「そう……あの子にはリゲルがついているから、きっと大丈夫ね。男の子が離れていくのはずっと早いわ。ロシュフォール、あなたにも経験があるかしら? いつまでも守ってあげるばかりじゃないのね。この計画を考えたのはあの子なのよ。良いお友達もできて……立派になったものね」
ターシャがしみじみと呟いた。
「こんなふうになってしまったのはわたくしたちにも責任があるわね。まだ大丈夫、もう少し時間をかけてと思っているうちに、王は殺されてしまったわ。エリックは野望なんて持っていないと最初から決めつけていたの……どうせヴェテルは表に出ない。陽の当たるところで生きられない王なんてと……わたくしも決めつけていたのね……いつしか王宮の地下は、魔力のあるなしに関わらずスラムの掃除のゴミ箱になってしまった。魔力のある者しかゼガルドには住めず、獣人たちはオリテやレヴィアスに移動していくようになった……魔力がなくても、私は特別だったのよ。なぜか分かるかしら? 私はオリテの秘薬を作れるからよ。魔女プルミエの弟子。小さな魔女……昔から王宮で薬漬けの王女として有名だった」
ロシュフォール公爵は白い髭を撫でつけた。
「先代はどうして……地下の闘技場を続けていたのでしょう。聡明なお方だったのに」
「ゼガルドの王族は魔力のない者を人と見做していなかった……私は先代の王に何度も時間をかけて話をしたわ。あの人も決して悪い人ではなかった。だけど、何代も何代も積み重ねられた偏見を取り去るには時間がかかったわ……だけどようやく、あの人も間違いに気づき、闘技場の廃止に動こうとした、そんな矢先だった」
「エリックが反乱したのですな」
「ええ。エリックは奴隷の制度を残しておきたかった。古き良きゼガルドを蘇らせると息巻いていたけれど、この新たな時代に化石が蘇ったとしても長くもつものですか。必要なのは新しい……新しい何かなのよ」
「ターシャ様。ゼガルドから大勢の地下奴隷が逃亡したと知らせが来ております。それと同時に、その夜、大量の魔蝙蝠が発生したとも。蝙蝠たちの翼には何やら変わった紋様があったとか……」
「そう。あの子の計画のとおりね」
「……ターシャ様。この部屋には私しかおりませんぞ。畏れながら真実をお伝えくださいませんか」
「わたくしと共犯になりたいというのですか? いいえ、それは性急というものですよ、ロシュフォール」
「ターシャ様。失礼を承知で申し上げます。かつて、首にあざのあるオークが王族のパーティーに乱入して貴族を襲った事件がありました。それにレヴィアスの女王を襲った魔物……そして、奴隷と入れ替わるように出現した蝙蝠……これらが全てオリテの秘薬によって行われていたとしたらどうでしょう?」
「あなたの想像力には感嘆しました。ええ、想像は自由です。憎しみは多くを滅ぼし、誰かの悲しみに変わる。わたくしはただ、もうこんな憎しみの連鎖は終わりにしたいと思うのですよ。きっとあの娘がやってくれます。彼女は良い瞳をしていました」
「娘、というのは……」
「ゼガルドの王族に嫁ぐには魔力は見劣りするものでした。ただ、あの娘にはそんなものを跳ね返すくらいの資質があった……ロシュフォール、忘れてしまった? あなたにも遠い昔、そんなことがあったかもしれないわね」
怪訝そうな公爵に向かって、ターシャは言った。
夢見る少女のような遠くを見る瞳で。
「それは、炎のごとく。燃えるような、傲慢で純粋な、恋という熱病よ」




