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おっさん令嬢 ~元おっさん刑事のTS伯爵令嬢は第2王子に婚約破棄と国外追放されたので、天下を治めて大陸の覇王となる~  作者: 丹空 舞
(16)最終章 いざゼガルド この一杯のために生きてる

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結婚式当日(1)

ゼガルド王国の城はまさに絢爛豪華そのものといえるような装飾が施され、祝祭の熱気が渦巻いていた。

魔力のある高位の貴族たちが飾り立てた金銀や色とりどりの飾りの垂れ幕や花々が城を華やかにしていた。


一度追放された出戻りの令嬢と、下克上の王との婚姻は国民の話題をさらった。


もはや第二王子ではなく、病弱な第一王子の代わりに王として即位したエリック。

そしてかの有力なロシュフォール公爵の縁故である、美貌の令嬢ノエル・ブリザーグ。


一度婚約していた二人がどうして復縁したのかという憶測や噂が飛び交い、ゴシップのような不確かな情報があふれていた。


「エリック様が浮気をしたのが許せなかったのかしら」

「いいえ、ノエル様の執着がすごかったと聞いたわ。それにほとほと愛想が尽きて一度は破局されたそうよ」

「いいえ、ちがうわ。私が聞いたのはノエル様が美貌の従者と恋仲になって、駆け落ちなさったとか」

不景気にあえぐ国民をしり目に、貴族たちは久々の祝宴と噂話に精を出した。


城の中央に位置する大聖堂は、色とりどりの花々で埋め尽くされ、天井からは魔力で色を変えたシャンデリアが眩い光を放っていた。

祭壇へと続く長い絨毯は、最高級の織物で飾られ、その両脇には、隣国の重臣や高位貴族たちが正装で居並ぶ。

民衆は聖堂の中には入れないが、城はこの日ばかりは一般に開放されて、道の周りにはロープごしに、ゼガルドの貴族たちが見物しようと集まっていた。


「わぁっ……あれ、ラソのファロスリエン様よ」

「綺麗! 本当にエルフっていたのね。まるで発光しているようよ」


「タルザールのリーヴィンザールだ」

「恐ろしい独裁者だって噂だぞ……さすがに風格があるな」


「オリテのレインハルト王、レヴィアスのルーナ女王だ」

「二人とも下を向いているわね。一度、ともに旅をした仲間らしいわ」

「いろんな思いがあるのでしょう」


「ルーナ女王ってのは獣人なんだろう。いいのか、国内に入れて」

「ノエル様の縁故なのだから、王様も手が出ないのでしょう。それにレヴィアスは大国よ」



来賓の者たちが聖堂に消えて暫くして、ゼガルドの楽団が荘厳な音楽を流し始めた。聖堂が壮麗な音楽で満ちる。



やがて、城からゆっくりと花嫁、ノエル・ブリザーグが現れた。

その姿は、まさに群衆が息をのむほどに美しかった。

伯爵家がタルザールの豪商から買い付けたという最高級の純白のウェディングドレスは、ノエルの華奢な身体に完璧に合っていた。

繊細なレースと宝石の刺繍が、歩くたびに優雅な輝きを放ち、最高級の布地がかかる陶器のような傷一つない肌は天界の者のようだ。

艶やかな髪は香油でしっとりとまとめ上げられ、代々ロシュフォール公爵家に伝わるというティアラが飾られていた。中央に嵌められた巨大なディアマンが、深海のような青い光の膜を湛えていた。


「あれが、ノエル・ブリザーグ……」


そう、覚悟を決めた者は美しい。

ノエルの美貌はこの日、ひときわ輝いていた。


「まさに聖女だ……」


ノエルの腕を取り、ゆっくりと祭壇へと歩を進めるのは、ロシュフォール公爵の代理を務める老齢の貴族だった。白髪で顔中が髭に埋まっている。


ロシュフォール公爵やブリザーグ家、自分の親族や家族自体が国外へ出ているという前代未聞の珍事の中にもかかわらず、伯爵令嬢ノエルの表情は静かで落ち着いていた。


自分の役割を理解している――。

遠巻きに見ていた貴族たちは畏れさえ感じていた。

あまりにも美しく、静かだ。

捌かれる直前の魚のような、一種の諦めさえ感じさせる瞳。

聖堂の中へ消えていく花嫁に、若い女たちは自然と祈っていた。

どうかこの結婚が平和なものでありますようにと。



聖堂の中。

祭壇の前では、エリックが自信に満ちた表情でノエルを待っていた。

深紅の王族の衣装は、若い容姿を際立たせている。血色の悪そうな顔の上に糊で貼ってくっつけたような、灰色のじっとりとした感情のない眼がぎょろりと目立っていた。


「来たか」


老貴族に腕を支えられたまま、ノエルは静かに歩みを進めた。

見ていた者たちの何人かがほう、と息を漏らした。


二人が祭壇の前に立つと、厳かな儀式が始まった。


「父なる神よ。今日、新しく夫婦となる二人の歩みを導き給え。喜びの時も、困難な時も、いつも互いを思いやり、支え合い、共に乗り越えていくことができますよう。愛が心の絆を強く結びつけ、揺るぎないものとしてくださいますよう……」


高位の聖職者が、古式ゆかしい言葉で祈りの言葉を唱える。

ノエルはうつむいたまま、時が経つのを待った。

愛だとか恋だとか、今は最もノエルからかけ離れている単語のようだ。


会衆席にはゼガルドの高位の貴族や大臣、そしてノエルが連れて来た来賓たちがいた。側妃だったエリックの母は亡くなっており、父王もいない。自分の方の家族もいない。滅茶苦茶な結婚だ。それならなぜ、エリックがこの話をのんだのか――。




「今日、私は、美しく聡明な妻を迎えることができました。これは、我がゼガルド王国にとって、新たな時代の始まりとなるでしょう。ノエルと共に、私は、この国をさらに発展させ、繁栄へと導くことを誓います!」


エリックの言葉に、参列者たちは力強く「万歳!」と叫ぶ。




「では、誓いのキッスを……」


「え」


「え、というのは……」


「あっ、あの、その前に契約書では、と」


「いえ、口づけが先です」


「打合せと違いますが……?」


「それは失礼いたしました。さ、お二人とも近づかれてください」


「あ、いや、だから、



(おいおいおいおいおい。マジか? ちょっと待てよ。思ってたより進行が早いぞ)


ノエルはにわかに焦って会衆席を見た。

ルーナとレインハルトは顔をあげず、リーヴィンザールはエルフの美女ファロスリエンにどうやったら流し目を受け取ってもらえるのか試行錯誤している。


(話が違うぞ。このままだと小僧と俺が誓いの口づけすることになるって。これは誰得でも無ぇな!? 避けたいがしかし、キモチイイくらいに目線が合わないな!?)


エリックの灰色の目に自分が映る。

ぞわっと寒気がした。




(し、しかも……こいつ、最悪だ! 鼻毛が出てる!)




気にすれば気になってしまう。

というよりも一度気づいたら気にしないのは無理だ。




一生に一度かもしれない誓いがだいなしになってしまうこと必須だ。

ノエル・ブリザーグとしての甘いファーストキッスの思い出がこれかと思うとうんざりを通り越して自分が不憫すぎて涙が出てきそうだ。

微妙にかさついている唇が迫ってくる。

ノエルが諦めて目を閉じかけたその時、



「申し上げます!」


ノエルの背後から、息を切らした従者の声が響き渡った。

ざわめきが広がる中、従者は跪き、エリック王の前で震える声で告げた。


「地下の奴隷が……多数、逃亡いたしました!」







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― 新着の感想 ―
政略結婚の誓いの口づけの表現はいろいろ読んできたつもりでしたが、これは傑作です! 今まで読んだものでは、唇を避けてごまかす方向が多いような気がしました。 感情の伴わない瞳はともかく、鼻毛って、乾いた唇…
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