転生カミングアウト
レインハルトはハァーと長いため息をついた。
「どこをどう見ても、女性ですが?」
黒髪の美青年の怜悧なまなざしにめげず、ノエルは食い下がった。
「いやっ、男なんだって! おじさんなの! 自分で言ってて悲しいけど!」
「男……?」
レインハルトは胡乱げにノエルを見やる。
「口調や中身はともかく、どう見ても伯爵家のご令嬢ですよ。それとも何ですか? 俺と同じ物がその体についてるとでも?」
「いや、ちがう、ちがわないんだが、そうじゃないんだ。中身の話をしてて! 落ち着いてくれ」
「貴方が落ち着いて下さいよ」
「あー、うん……そうだな。ちょっと、どう言ったらいいか分からなくてだな」
「確かに幼い頃からずっと、平民の男のようなことを考えるし、令嬢らしからぬ言動もありましたが」
「あー……」
心当たりしかない。
周りが苺姫のトキメキ物語とやらを読んでいる時、幼女だった当時のノエルは歴史物の長編をかじっていた。
「10代の頃は時々ありますよ。男や女のふりをするのは刺激的です。自分じゃなくなるみたいですからね。ただ、少年や少女じゃなくなれば、いずれ落ち着きます。混乱しているだけです。この年頃ではよくありますよ」
「違うんだ。お前が言ってることも理解できる。だが、これはそういうのは違って……俺とお前の信頼に関わることなんだ。人としてだな。うーん、あー、どう言ったらいいんだ」
がしがし、と髪をかいて、ノエルは悩んだ。
そして、ひらめいた。
「おい、レイン。ちょっと耳貸せ」
「何だっていうんですか……」
一応、個室とはいえ、他の人間に訊かれてはまずい。
ノエルは声を落とし、レインハルトの形のよい耳に囁いた。
「女の体ってのは」
ぎょ、としたレインハルトが体をこわばらせたが、ノエルはおかまいなしに先を続けた。
「……の……が……になってて……だから……というようにすると、……なんだ」
レインハルトが敵にうなる犬のように、バッと身を翻した。
そして、
「はぁ!?」
と信じられない未知の生物を見る目で、ノエルを見た。
軽蔑でも尊敬でもない謎の感情だ。
強いて言うならば、訳の分からないものを見たときの、怖れと驚き。
ちょいちょい、とノエルが手招きをする。
「15やそこらの嬢ちゃんは知らないだろう? な? 分かったか?」
「いや、ノエル様は多読でしたからね……耳年増という可能性も……」
「往生際の悪いやつだな。現実を信じろ」
なぜ下ネタで自分のアイデンティティを確立させなければならないのか。
こんなヒーローもヒロインもあってたまるか。
ノエルはやけになりながら、おびえるレインハルトを呼んだ。
「じゃあ、これはどうだ。令嬢なら絶対に知らねぇことだ」
「き、聞きたくない……」
「俺だっていたいけな青年にセクハラしたくはないんだけどさ。分かってくれ、俺とお前の信頼の問題なんだからさ。いいか、男っていうのは……で、……があるだろ? それを……」
ごにょごにょ。
ごにょごにょ。
「……もうやめてくださいっ!」
レインハルトが耳を押さえて、憎悪に近い目でノエルを見た。
酔いも冷めたようだ。
「汚らわしいッ……」
ノエルは涼しい顔をして、
「大人は汚ェもんだよ」
と、レインハルトから奪った黒スグリ酒をちゃっかり飲んだ。
さっきからずいぶんたったし、アルコールも抜けてるだろう。
「ほらぁ、レインくん。ノエルの中身がおっさんの『俺』だって、信じてくれる~?」
と小首を傾げて尋ねると、レインハルトはものすごく嫌そうに頷いた。
「そりゃあ、こんな史上最低の、ゲスいエグい令嬢を認めるのは嫌だろう。だけど、それがお前のこれからの旅の相棒なんだよ。認めろ」
ノエルは早めの昼食を終えた。
「さ。夕方になると旅人がたくさんやってくるぞ。それまでに作戦会議だ」




