レインハルトの過去
「俺の父母は……オリテに処刑されたんです」
ぽつりとレインハルトは言った。
ノエルは黙って聞いていた。
「あの日、ゼガルドに逃れるために、俺は全てを捨てた」
いつも冷静なレインハルトの声は震えていた。
ノエルは、レインハルトがこれまでに抱えていた重荷の大きさを理解し始めた。
普段どれほど冷静な顔をしていても、胸の内には計り知れない苦悩があったのだ。
「なんで、こんな重要なこと……言ってくれなかったんだよ」
ノエルの声には驚きと心配が混じっていた。
「――恐怖でしょうか」
レインハルトは続けた。
「新たな生活の恐怖。そして生活に慣れると今度は、過去が今を破壊するかもしれないという恐怖に変わった」
レインハルトは深く息を吐き出した。
「じゃあ、なんでお前、俺とオリテなんかに来たんだよ……」
ノエルは絞り出すように言った。
「お前、捕まっちゃうじゃん。なんで? 俺が呼んだから?」
ノエルは、レインハルトに向かって声を荒らげた。
「お前にとって危険だと分かってたら、一緒に来いなんて言わなかっただろ!」
レインハルトはノエルの責める声を静かに受け止めていた。
そして深いため息をついた後、ゆっくりと言葉を選んで話し始めた。
「それでも、俺は、言われなくても一緒に行っていたでしょう」
レインハルトは一瞬、言葉を止め、遠くを見つめた。
灰色の瞳には、過去の苦悩と決意の跡が僅かに映し出されていた。
「俺は、母が捕らわれたとき何もできなかった。あの日、シャペロンを連れて行かれそうになっている貴方が自分に重なった」
ノエルは息をのんだ。
何かを尋ねるのは無粋な気がして、何も言えない。
あの日、オークの群れに襲われそうになった時。
こいつはどんな思いで剣をふるったのだろう。
「だけど、5歳のあなたは自分よりずっと大きな怪物相手に一歩も引かなかった」
レインハルトは懐かしい思い出を噛みしめるように、ふふと笑った。
「オリテに戻るのが、大きなリスクだということは理解していました。たぶん、あなたのご両親もです。ただ、リスクをおかしてでも、貴方と一緒にいることが最善だと確信したんです。俺ならオリテを知ってる。それこそ隅々まで……剣の腕もたつ。貴方の護衛には適していますから」
「見捨ててもよかった」
「見捨てられませんよ」
「どうして」
「さあ……どうしてでしょうね。同じことを2度も繰り返したくないからでしょうか」
レインハルトは微笑んでいたが、言葉には微かな悲哀が込められていた。
ノエルは、レインハルトの真摯な表情と言葉に心を打たれた。
レインハルトはもう十年も、天涯孤独の身で、ノエルを見守ってくれていたのだ。
「レイン、悪かった。知らなかった。俺は――」
「貴方が知らなかったんじゃない。俺が知らせなかったんです。といっても、貴方以外の伯爵家の方々は、たぶん、俺の前のことは全部気付いているとは思いますが……」
「えっ、そうなのか!?」
「はい、おそらく」
ふ、と息を吐いたレインハルトの瞳は泣いたように潤みを帯びている。
ノエルは、たった一人でゼガルドにやってきたレインハルトの心境を想像した。
これまでどれだけ辛い思いをしてきただろう。
「なんつーかさ……お前はもう、俺にとっては家族みたいなもんだからさ」
「え」
レインハルトはびっくりしたようにノエルを見た。
「そうだろ!? 十年一緒にいたんだぞ。お前だって、この先の人生どうなるかわかんねーのに、こんな……」
ノエルは忠犬のようについてきたレインハルトに静かに感動していた。
「よし、決めた。あの時、お前が俺を守ってくれたみたいに、今度は俺がお前を守る番だ」
「ノエル様」
「そうと決まったら、いつまでもオリテにいられねぇな。作戦練って、どうにかオリテの山脈を抜けて、国外に……」
「ありがとうございます。ノエル様、一つ、訊いてもいいですか」
その声音の真剣さにどことなく緊張して、いっそ気恥ずかしささえ覚えて、ノエルはわざと、
「何だよッ」
と乱暴に答えた。
こいつに信用された気がして嬉しいからでは、断じてない。
「先ほど言いましたね。『秘密を話す』と。教えて下さい。貴方が俺に隠していたこと」
奇麗な顔に、どことなく黒い陰を帯びた笑みが乗っかっている。
ノエルは諦めて、告白した。
「俺な。実は」
レインハルトの射貫くようなまなざしを見返して、ノエルははっきりと口にした。
年長者として、ここはしっかりとリーダーシップを見せよう。
「魂は男なんだ。お前より、ずっと年上の」
「……どこかで頭、打ちました?」




