技術革命はしょうもないところから始まる
「いやあ、しかしこうもうまくいくとはな」
ノエルはむしむしと串焼きを食んで、上機嫌だった。
ロタゾの指輪の抜けた指が心地よい。
やはり何もつけないのが一番良い。
人間は動物なのだ。
自然が一番だ。
「自宅……って感じがするなあ」
敷物にごろんと横になって騎士道物語を読む。
腹が減ったら串焼きを食べる。
セルガムがあれば完璧だが、そこまでは望まない。
何度か精製できるのではないかと思い立って、魔法で注いでみたが、邪念が入るのかなぜか泡がものすごく噴き出すシトロンジュースになってしまったので諦めた。まあ、これはこれで悪くない。
「動画だの映画だのは無いが……わりといいもんだな、騎士道ってのは」
ノエルとして転生してから、貴族の教育を受けさせられてきたおかげで、語彙力や知識が増えた。
おかげで騎士道物語は存分にノエルを楽しませてくれていた。
差出人はなかったが、アナザーサイドストーリーというのが城に届いていた。
おそらく、新刊に興奮した父親が急いで送ってきたのだろう。
「この恋愛うんぬんのところは良く分かんねぇけど……騎士様がバッサリ悪役を切り落とすところが爽快だなあ。
ロマンがあるぜロマンが。はあ~……このアナザーサイドってのはまあ良かったなあ。完結しちまったのかこれ。惜しいなあ。続きが出ねぇかなあ。まあいいか、また一巻から読み直せば」
周回することを何とも思わないノエルは棚に近付き、また何度も読んだ一巻に手を伸ばした。
ドドドドドと何者かが駆け上がってくる音が聞こえる。
どことなく嫌な予感がして、ノエルは眉をひそめた。
ロタゾの指輪のゴタゴタもおさまって、せっかくの休みなのに……。
「ノノノノエルーッ! 大変だ!」
アヴァが陸上選手のように走り込んで来た。
ノエルはうんざりしながら、紫髪の小さな子どもを見下ろす。
これでも凄腕の解体師、兼、居酒屋の料理人候補なのだが、いかんせんまだ幼いのでノエルに同行している。
連れてこられたお城に夢見がちだったが、数日経って慣れたのだろう。
「子どもの順応性ってすげーなあ……」
「何じいちゃんみたいなこと言ってんだよ! 大変だ! おばけが出たんだ」
「どこで」
「あの巨大な丘みたいなソファーとかいう寝床のとこ」
「ソファーは寝床じゃないけどな。ああ、広間のとこだろ」
ノエルの人差し指は一巻にひっかかりそうなところで止まってしまった。
アヴァの言いたいことは予想できる。
できるけれど、もう少しゆっくりしたかったというのが本音だ。
「おばけが映ったんだ! 壁から出てきた」
「どんなやつだった」
「えっ? うーんと、川の底みたいな青い目で、いかつくて、でかくて、ひげはえてて、きいたことないようなしゃべり方してた。それになんだかえらそうなおばけのおじさん」
ノエルは思わず噴き出しそうになって、ぐっと堪えた。
「おじさんはさすがに悲しむんじゃねぇかな……」
「えっ!? おばけでも悲しむの!?」
「そりゃあそうさ。白髪が出始めた年代の男ってのは豆腐並みに傷つきやすいんだ」
「トウフ? なにそれ? 美味しい?」
「まあ、うん、おじさんになると美味しいな。よし、行くか。どうせ俺のこと呼んでこいって言われたんだろ」
「そうだよ。ノエル、オイラのこと見てたのか?」
「予想しただけだよ」
ノエルは一巻をここで読むのを諦めて、階段を降りることにした。
さり気なく、騎士道物語アナザーエディションを小脇に抱える。隙あらば読み返したい無意識のなせる技だった。
ノレモルーナ城の広間の壁には、ふんぞりかえった独裁者の姿が映し出されていた。
「遅かったやんか」
不遜な言い方は、タルザールの領主、リーヴィンザールそのものだった。
時間も距離も感じさせない馴れ馴れしさは、彼らしいといえば彼らしい。
魔石を埋め込んだ鏡はプルミエ特製の魔道具だ。
「おー、リーヴ久しぶり」
ノエルが話しかけると、身体の底に響くような男の低音が聞こえてきた。
「ご無沙汰してますう、ってちゃうわ。なんやねんこれ!」
「魔石を使った……あー……なんだろう……通信機器?」
タルザールの独裁者、リーヴィンザールは少しばかり苛立っていた。
「こんな……こんなっ! なんやねんこのとんでもない魔道具は! レヴィアスの秘宝か!? それともオリテの兵器か!?」
「いや~、バァサンの最近の発明だよ。すごいよな」
「すごいなんてもんちゃうわ!」
クワッと見開いたリーヴィンザールの目は血走っていた。徹夜したのかもしれない。
「技術の結晶や。まず映像を魔石によって送るっていうのがどれだけありえへんことなんか、お前は理解してへん。これはひょっとせんくても、魔道具の研究の大革命や。お前からアレが送られてきたとき、騙されてるんかと思った。ほんでなんや、改良してくれなんて、あんなもんをお前」
永久にグダグダが続きそうだ。
ノエルはいい感じに相槌をはさんだ。
「ふんふん。おー、ちゃんと音が聞こえるようになってるな」
「当たり前や。それは別に難しいもんでもない。問題は映像を魔力で具現化してウンヌンカンヌン」
「あっ、それは言われても良く分かんねぇや、省略で! とりあえず、音つけてくれてありがとうな。これでやりとりができる」
「誰やねん。こんなもん作り出したとんでもない奴は」
「ん~……秘密」
「アホ! どアホ! 秘密なんて許されるか! こんなん世界に革命が起こる新技術やぞ! どこの誰が……」
「まあそれはまた追々」
「ほんまやな?」
リーヴィンザールがうなった。
「絶対後で教えろよ。これ、録音機能もつけといたからな。言質とったで」
「怖ぇよお前……」
言いたいことを言ってすっきりしたのか、リーヴィンザールはふうっと息を吐いて立ち上がった。
タルザールの城の立派な玉座が見える。
「それで、どうやねん調子は」
「まあありがたいことに、平和だよ」
「ほおん」
リーヴィンザールはぺたぺたと魔石のレンズ部分を触った。
深海のような青みがかった瞳がアップになる。
「知らんうちに娘ができたんか」
「え?」
「まあ、今はちんちくりんでも女性は化けるからなあ。あと十年もしたら美人になるわ」
「何を言ってるんだ?」
「は? その子やん。お前が引き取ったんやないんか」
「いや、引き取りはしたんだが……えっ? 娘? 違うだろ?」
アヴァがぎくりとした顔をした。
鏡に映るリーヴィンザールが、チッチッチと舌を鳴らした。
「百戦錬磨の遊戯王と言われた俺をなめたらあかんで。いくら画面越しでも、生物学的に女性は全部お見通しや」
「お前の目、どうなってるんだ? あとその呼び名は称号じゃねぇぞ、決して。いかがわしいデュエルファイトしてんじゃねぇよ」
「ある種の帝王学ってやつやな。虫とか動物の雄雌の判定もお任せあれやで」
「怖ぇよ……」
「娘ちゃん可愛がったりや」
プッツン、と切れた映像の後で、鏡にはぽかんと口を開けたノエルとばつの悪そうな顔をしたアヴァが映った。
「ほんとに……?」
「ごめんノエル! オイラ、言い出せなくて」
「僕ッ子通り越してオイラッ子!? そんなのありか!?」




