窃視症というのは病である
プルミエは『しぶしぶ』という他無い表情をしていた。
OSSANという怪しげな空き瓶やらなにやら置いてある机は、まるで精神年齢の高い大人の考案した秩序あるがらくた置き場のようだった。
重厚な引き出しの中には薬の対価として預かった質草が隠してあるのかもしれない。ノエルは少し興味を引かれたが、プルミエが持ってきたものには敵わなかった。
「これは……他言無用じゃ。極めて重要な……国家を揺るがしかねん代物じゃ」
ノエルとアヴァ、そしてイーリスの目の前に美しい透明な球が置かれた。
アヴァは紫の瞳をきらきらさせて見つめている。
「うわあ、綺麗だなあ! 何が映るんだ? 魔法ってすげえなあ! 過去か、それとも未来か?」
イーリスが男の頃と同じ、温度の感じられない眼差しをする。
筋肉隆々の副団長の頃も、陰険メガネの修道士の頃も、今のお色気シスターの頃も、この瞳だけは共通しているのに違いない。
感情の伝わりにくい起伏の無い声がアヴァに告げる。
「いや、過去でも未来でもない。現在だ」
「かっこいい!」
アヴァは鼻の穴をふくらませながら、いっしんに期待をして球を見つめた。
格好良く聞こえるだけで、その実はリアルタイムビデオの映像というだけである。
しかも、撮影対象には知られていない、いわゆる隠し撮りだ。さすがにノエルも声をあげた。
「おい……プルミエ、もう、いい加減にどうにかしろよ。教育上良くねぇ」
「レナード王子はオリテの希望だった。王子の身を守るためにわしが魔法をかけた。
王子の動向に変化があれば、球は光り輝くようになっている」
プルミエは遠くを見ながら、過去を噛みしめるように、話しながらも何度か頷いている。
「動向ってお前……GPSもついてるってそりゃあ罪が増えるだけだぞ……」
「お……おお! 光り始めたぞ! 王子に何かあったに違いない。見るのじゃ」
ノエルはいい知れない焦燥感にかられながら、祈るような気持ちで同じ方向を見る。
どうか変な物が映りませんように……。
プルミエの手を離れた水晶玉がポウッと光り輝き、ぼやけた青色の鮮やかさへと変わる。
「これは……」
プルミエが驚いたように目を見開いた。
乳白色と灰色が混在していた球の中の像が、徐々に輪郭を持ち始める。
ぷるんとした二つの球体が映った。
花柄のレースのような、柔らかそうな黒い布に覆われている。
健康そうな肌は咲いたばかりの花にも似た弾力がありそうだ。
ぽよんと揺れる女の胸の間に、レインハルトの持っていた形見の剣の鞘が抱えられている。
上空から見下げるように映し出された映像は、なんとも想像力をかき立てられるものだった。
つまりは、美しい透明な球に映し出されたのは、ふっくらとした女の胸の谷間だった。
「これが現在?」
アヴァは小首を傾げている。
「あ、あいつッ……レインめ、くそ……」
ノエルはギリッと指を握りしめた。
何ともいえない感情が襲ってくる。
「俺らがこんなに働いてるってのに、王様になった途端に女ァ侍らせてんのか!?」
一国を滅ぼしかねない勢いで怒りを露わにし始めたノエルの赤毛がはらりと肩に落ちる。
その肩に、イーリスがそっと手を置いた。
「落ち着いてください。私ほど巨乳ではありません」
ノエルは大陸を消滅させかねない勢いでイーリスを睨み付けた。
イーリスは表情を変えずに、理解を示して頷く。
「冗談です。これは……喪服のようですよ」
「あぁ? 黒服ゥ? 夜の店か!?」
「今はここもオリテも昼です」
イーリスは、ドスをきかせる令嬢ノエルにも怯むことが無い。
元オリテの騎士団副団長は、ここでも冷静な判断を下した。
「喪服とは、故人を悼むために着用する儀式的な礼服です。この服は獣人の女性の着る最礼装です。
プルミエ様の魔石を埋め込んだ剣は、この女性に抱かれているようですね」
「獣、人……あ、これ、もしかして!」
剣を抱え直したのか、
水晶玉から音声は聞こえない。
しかし、特徴的な熊のような耳は、対象が誰かを特定するには十分だった。
「ルーナ!」
「何、このおっぱい熊姉ちゃん、ノエルの知り合い?」
「アヴァ、そういう言い方はやめなさいね」
「ええ? だって、すげーきれーなおっぱいがいっぱい」
「おっぱいはダメッ!」
「でも……」
アヴァはまだ何か言いたげだったが、イーリスが助け船を出した。
「この方はレヴィアスの女王です」
「じょおう」
「はい。獣人ですが、獣人にも人間にも支持を得ていますね」
「ふうーん」
「ところで、女性というのは機嫌を損ねると、どのような剣士よりも獰猛で残酷になるものです。
あなたが面白半分で下品な表現をしていると、女王の機嫌を損ねるかもしれませんねぇ……」
「え、オイラが!?」
「ええ、私も一応、今は女性の身体ですので、……身体特徴を揶揄されるというのは、
誰でも良い気持ちはしませんからね」
「やゆ」
「私も月に一度はヒグマのようになりますがねえ。君は男の子ですか? ああ、私もそうだったんですよ。
今は仕事上こんなふうになっていますけれどね。ああ、そうそう、獣人というのは人間の何倍もの身体能力を有しています。
あなたの柔らかく小さな身体など、この女王にかかれば片手で粉々ですよ」
「片手ッ……」
アヴァはごくりと唾を飲み込んだ。
「わ、分かった。気を付ける」
「いいですね。飲み込みの良い子は好きですよ」
イーリスはアヴァの前髪に指先をちょんとのせるようにして梳き、機嫌良く頷いた。
アヴァはぽうっとしてイーリスを見ている。
正確に言うと、はちきれそうな胸元を見ている。
「おい、惑わされるなよ。イーリスは男だぞ……この中身は筋肉むきむきの男だぞ……」
「ハッ!? 何言ってるんだよノエル! イーリスさんはこんなに綺麗だぞ」
「綺麗だからって女だとは限らねぇだろ」
ノエルは実感を込めて言った。
自分の中身はどう考えても『綺麗』ではない。
「いえ、ノエルさんの言っているのは真実です。私は単なる修道士。使命を果たしているだけです」
と、イーリスも言った。
「もうすぐ薬の効果も切れますから……何日か経てば男の体になりますよ。短い夢でしたね」
イーリスはほんの僅かに唇を歪めた。
微笑んだつもりなのかもしれないが、にやりと含み笑いをしたようにしか見えない。
陰険ヤロウは健在である。
アヴァがすみやかに幻想から回復することを祈りながら、ノエルは水晶玉に目をやった。
そんな間にも、ルーナは剣を抱えて見晴らしの良い丘へ登ったようだった。
つき抜けるように青い空が見える。
その後に、いちだんときらきらしい衣装と顔面をした男が映り込んだ。
「あ! レイン!」
少し痩せたようだが、元気そうだ。




