守られて当然の存在
イーリスは豊満な胸元を修道服に押し込めていた。
「それで、その居酒屋を存続させたいがために、子どもを買ったと」
謎の色香を滲ませたイーリスは悩ましくため息をついた。
「ついに罪を犯した者になってしまったかと思いましたよ。子どもに怪しい稼業を手伝わせるなど」
「言い方悪いな! 違う、雇ったの! 同意のもと! 衣食住は保証するし自由もあるって」
「はあ、では仮にそうだとして、それをそのまま門番に話す人がいますか? 明らかに怪しいじゃありませんか。まずは私やニコラを呼んでくださったら良かったのに。あれじゃあプルミエ様に害をなそうとする不埒な者にしか見えませんよ」
「いやー……面目ない」
ノエルはポリポリと頬をかいた。
イーリスの言う通りだった。
何も危険な橋を渡ることはなかった。
「そういや、ニコラはどうしてるんだ」
「あの子は例の赤ん坊たちにかかりっきりですよ」
ノエルのくしゃみ魔法で精神が生まれたてに退行してしまった、魔剣士たちのことだ。
イーリスはぞっとしたように身をすくめたまま、両手をあげた。
「正直なところニコラにしかできない仕事ですね、あれは。わけのわからないことで四六時中わめかれて、
正気をたもって微笑み続けるなんて私には無理です」
「俺も無理だと思う……」
世の母親たちは凄い仕事をしているのだな、とノエルはしみじみと思った。
「ですが、あの者たちにとっては良かったのかもしれませんよ」
イーリスが言った。
「どうやら魔剣士たちは、我々が想像する以上に壮絶な子ども時代を送ってきたようです……
病んでしまっていることに気が付かない程に、他者を攻撃することの中で生きてきた者たちですね。
そうしなければ生きてこられなかった……あの者たちがこの世界で本当の幸いを知るためには、それこそ生まれ変わるしかなかったでしょう。今回、全ての記憶を失って赤ん坊になったのは、あの者たちにとっては幸運だったのかもしれません」
「そっか。それなら、良かったのかもな」
「ええ。あの者たちはニコラという保護者を得て、生まれ変わったように成長しています。
安心と安全と、適切な庇護と……あなたの暴発した魔法での精神退行であるからか、成長が非常に早く、今は5,6歳の知能があります」
ノエルがイーリスと喋っている間、隣のアヴァは椅子に腰掛けていたが、少しずつうとうとしてきたようだった。
小さな首がかくりかくりと下がっていく。
「子どもは守られて当然だ」
ノエルはそっとアヴァを見つめた。
限界だったのか、アヴァはスヤアと寝息をたてている。
見知らぬ環境への緊張もあったのだろう。
年相応の安らかな寝顔だった。
「そういえば、イーリスってオリテの副団長だったんだよな」
「遠い昔の話です」
「レインが言うには、イーリスってムッキムキの筋肉男だったらしいじゃん」
「まあ、はい」
「なんで女性の変化薬で、そんな感じになったの?」
イーリスは唇に指先をあてた。
「私がゼガルドに潜入するのはプルミエ様からの密命でした。そのためには女性的な魅力を高める必要があった」
「それってさあ、おっぱ」
言い切る直前にアヴァが顔をあげた。
今度は上手に目覚めたようだ。
「お、うぇ、何ここ……ハッ! 乳のでっかい女がいる! 何、メロン熊!?」
「おはよう、坊主。私の目をしっかり見なさい……あなたはこれから先、私のことを『お姉さん』としか呼ばない。破ったときはその都度、唇の皮がむける」
「ヒッ……」
「いや、乾燥でなるけども! アヴァがかわいそうだろ、やめてやれよ!」
チッと舌打ちをしたイーリスは、なんだかんだとプルミエにとりついでくれた。
アヴァを連れて部屋を訪れたノエルを、プルミエはあたたかく迎えた。
「おお、おお、よく来たの。本当に……よく来てくれた」
プルミエは白髪交じりの女性の姿だったが、きちんと手入れをした小綺麗な姿だった。
声には万感の思いがこもっていた。
「オリテはしっかりと立ち直り始めた。国民には魔石が行き渡り始め、食料も増えてきた。
それも全て、そなたのおかげのようじゃ。修道院を、いや、オリテ国民を代表して礼を言わせてくれ」
「そんな! 頭をあげてください」
ノエルは驚いて言った。
「俺は何も……レインが頑張ったんです。俺より、あいつに会って、それで、ちょっとでもいい王様に
なってたら褒めてやってください」
「もちろんじゃ。畏れ多いことではあるが……レナード王子は既に国民から全幅の信頼を寄せられておる」
「ああ。そういえば、俺、プルミエに約束しただろ。変化薬の対価に」
「約束?」
ノエルは今回、そのために来たのだった。
ようやく約束を果たすことができる。
「オリテをやる、と約束しただろ」
「そんな戯言、覚えておらんよ」
「いや、確かに言った。俺は約束は守る男……いや、娘なんだ。ほら、出せよ」
「な、何をじゃ」
「アレだよ、ほら……お前がレインのことを見てたのは分かってんだ。ネタはあがってんだよ」
「何の話じゃ……」
「とぼけたって無駄だぜぇ。レインは気付いてなくても、俺は気付いてた。ついでにイーリスとニコラも知ってるよな。正直に話した方が楽になれるぞ」
盗聴もしくは盗撮犯の取り調べのようだった。
プルミエは暫く黙っていたが、ふうと息を吐くと席を立って何かを持ってきた。




