子連れでルキナス修道院へ
聖ルキナス修道院は、修繕した小屋の幾つかを除いて、見た目は何ら変わっていなかった。
「ほぇえ……でっかい……」
アヴァは目も口もぽかんと開きながら、広大な修道院を呆然と眺めている。
ノエルにしてみれば、懐かしいという思いはあれど、それ以上の感慨はない。
「迷子になるなよ」
と、歩き出したノエルを、アヴァは小走りに追いかけて、ついてきた。
紫の細い髪がぴょこぴょこ動く。
きちんと礼拝者の列に並んだノエルたちは静かに順番を待った。
アヴァが小声でノエルに囁いた。
「なあ、ここって何?」
「修道院さ」
「なんだそれ?」
「みんな集まって祈るんだよ。ロタゾ……いや、アヴァの故郷には無かったか?」
「うん。こんなに大きな建物見たのも初めてだ。人間もたくさんいる」
アヴァは浅黒い顔に純粋な驚きを浮かべていた。ノエルはアヴァを安心させるように、頭をポンポンと軽く叩くように撫ぜた。
「ああ。少し用があるんだよ。だけどアヴァ、これで驚いてちゃあタルザールにいけないぜ。お前にやってもらう店は、商業地の中心なんだからな」
アヴァは何か言いたそうにしたが、ノエルは唇に指を当てて黙らせた。
次は自分たちの番だ。
「次。名前と用件を」
若そうだが厳格そうな声の門番が呼んだ。
「アヴァ、静かにしてたらすぐ済むからな。俺の隣にいろよ」
ノエルはしずしずと前に進み出た。
門番はノエルから身分証明の紙を貰って、隅から隅までじっくりと見た。
「ゼガルド出身の……ノエル・ブリザーグ」
「はい、ゼガルド……から紆余曲折あってロタゾから来ましたの。この子はアヴァですわ。プルミエ殿に用があります」
「プルミエ様!?」
門番がぎょろりとノエルに目を向けた。
「どのような用件なのだ?」
「あー、怪しいもんではないぞ、決して。前に約束してたことがあってだな」
「本当に? 令嬢が、その口調とは、にわかに信じがたいが……横には汚い子供もいるし……見慣れん珍しい色の髪だな……何者だ?」
アヴァは自分なりに、ノエルを助けようと思ったらしい。小さな胸をはって堂々と名乗りをあげた。
「オイラはアヴァ! ロタゾの戦で家族を亡くして、強そうなおじさんに連れて行かれて、このノエルってネエチャンに引き渡されて、今です!」
「ちょッ!?」
元気に名乗りを上げたアヴァの後ろに並んでいた、参列の順番を待つ人々からざわめきが広がっていく。
「強そうな男って人さらいじゃないのか」
「あのレディ、美しいがそのような趣味を……」
「いたわしいわ。おお、神よ!」
「戦の招くものはいつも弱者に降りかかるのだ……あの女に裁きを与えるべきだ」
「おいおい言葉だけとればそうなんだが、いやいや、違うぞ!? ちょーっと待て!」
「何を待つというんだ?」
と、眉間のしわと凄みを増した門番がノエルを睨みつけてくる。
「何か誤解してないか。俺は、いや、ワタクシは、このアヴァという孤児を引き取っただけのしがない伯爵令嬢ですのよ」
ノエルの窮地を知ってか知らずか、アヴァは元気に同意した。
「そうだよ! ノエルはオイラをちゃんと雇ってくれるって言った! 言う通りにしたら、お金もくれるって」
門番の眉間のしわは海溝並みに深くなった。
「こんな小さな児童に、お前は何をさせる気だったんだ……?」
「あーあーあーアヴァぁぁ! ちょっとだけ黙ってて! 話がややこしくなるから」
アヴァはハッとした顔で謝った。
「あっ、ごめんノエル! 『静かにしてたらすぐ済む』って、ノエルが言ってたのに」
善なる参列者たちは怒り狂っていた。
「なんという……」
「最低だ」
「底辺はこういう者のことだわ」
「汚らわしい!」
「磔にしろ!」
「磔刑だ! 磔刑!」
「犯罪者は去れ! 世に出るな!」
「岩の中で暮らせ!」
眉をひそめすぎて、眉と瞼が一体化してしまった門番は、さり気なく右手に拘束用の鎖を持ち、ノエルを門の中へ招き入れた。
「どうぞこちらへ……少しゆっくりお話をうかがいましょう」
ノエルは半泣きになりながら、門兵に連れられて中へ入った。
「思ってたのと違う……」
憤慨した市民からの白い目と罵声が苦しい。
「冤罪って、辛いんだな……」
修道院の懺悔室のような小部屋に押し込められたノエルは、鎖をもった修道士に疑いの眼差しを向けられつつ、暫し人身売買についての尋問をされたのだった。
不幸中の幸いで、連行されたことを聞きつけて、イーリスがやって来てくれたので、ノエルはなんとか磔刑にされずに済んだ。
「イーリスううぅ……!」
「全く、貴方は何をやっているんですか……」
肉感的な身体を修道女の制服に包んだイーリスは、化粧っ気のない頬を少しだけ緩ませてため息をついた。




