言い方がなあ
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ゴトゴト、揺れる馬車は元ロタゾの貴族用の払い下げらしく、古くて小ぶりだがなかなか質が良かった。
ロタゾの絡繰技術は健在で、馬はおらず、魔石の動力で動いているらしい。御者は、ロタゾの中央に集められたカシウスの部下だ。
流されるようにやってきたロタゾだったのに、カシウスはなんだかんだと短期間でよく忠実な者を集めて育て上げていた。
御者は文句も言わずに荒れ地を走らせる。
レインハルトともこうして、向き合って旅をしたことをノエルは思い出す。
あいつはあいつで、オリテでやっているのだろう。
次に会うときには、王様らしく髭でも生えていたりするのかもしれない。
微かな感傷に浸って外を眺めていたら、
「で、オイラ、お姉さんに幾らで買われたの?」
と、無邪気な瞳が訊ねてきた。
ノエルはずるっと肩から崩れ落ちそうになった。
「おい! 待て! 人身売買みたいに言わないでくれ。御者さん、違いますからね!? 変に思われるような発言はやめろ」
「は? このご時世、別に珍しいことでもないだろ。子どもも大人も金で買われてく」
「いやいやいや、そういう問題じゃねえの。なんだろうな、倫理って分かるか? 分からねえ? うーん、ここで珍しくてもそうでなくても、俺はそういうのはしねえんだよ。異世界ったって、いくらなんでもそんな野蛮な……」
「胃、切開? ホルモンのことか?」
「あー、モツ鍋うまいんだよな……って、違う! 俺は! おまえを! 雇ったの! 紹介してくれたカシウスには礼をするけど、金はお前に払う」
「金って……まあ、そりゃ、その話が本当ならありがたいけど……あ、オイラ、ボアとかの魔獣なら毎日捌いてきたけど、人間は綺麗に捌けねえぞ」
「馬鹿か!? 何させられると思ってんだよ! やめろやめろ! どんな闇バイトだ!」
「じゃあ何させられるんだよ?」
アヴァは疑い深げに睨んでくる。
紫の毛をした変わった野生の小動物のようだ。ノエルは敵意がないことを示して両手をあげた。
「そんな、物騒なこと言うんじゃない。いいか、お前にやってもらいたいのは……料理だ」
「は? どういうこと? 何かの間違いなら、早く降ろしてくれよ。オイラはまともに料理なんてしたことないぞ。串焼きくらいしかできないし」
トゥルグ族は狩猟民族だったらしいというのはカシウスから聞いた。
ロタゾの少数民族たちのほとんどは、獣人でも、魔力が使えるでも、剣技に長けているわけでもない、ただの人間だった。
レヴィアスにも、ゼガルドにも、オリテにも行くことのできなかった存在たち。
彼らは肉を狩り、解体し、ほぼ自給自足で生きてきたらしい。
ノエルはアヴァの汚れた顔を、懐から出した布で拭いてやった。
洒落たレースのハンカチなどではなく、レヴィアスでとれた植物で編んだ素朴な布切れである。
ノエルはアヴァに語りかけた。
「その年で、自分でイチから串が焼けるなら十分だ。大人だってできやしない。誰に教わったか知らないが、お前は宝物をもってんだよ。細かい技術はタルザールで、これからいくらでも勉強すりゃあいい。それに、あの正確な血抜きは……真似できない。カシウスの後釜はお前にしか頼めねぇよ」
アヴァはポカン、と口をあけた。
ノエルが真剣なのを見ると、はふん、と口を閉じてまばたきをする。
「変なこと言うなぁ。獣の血なんて誰も抜きたがらない。ロタゾじゃあ、絡繰でもできるって言われてたぞ。オイラは金が無いし、自分でできるからやってただけで」
「俺のしたいことには、お前が必要なんだよ」
「ふふん。お嬢様はおだてじょうずだな。まあいいや。オイラのことを買ってくれたんなら、その分ちゃんと働くよ」
「だから、言い方がなんか良くないんだよなぁ……! ジドウの労働条件は守るからな俺は! 大人として!」
「なんだそれ、お前も大人って歳にも見えないぞ。生きてくんだったら何だってするさ。なあ、ノエルっていったか? 馬車ってのは、柔らか過ぎないか? 速いし、魔法みたいだ」
「ふふ、そうだな……さあ、もう着くぞ。すぐに聖ルキナスだ。ここからあとは歩いていく」
小高い丘の上に立つ修道院は、以前と変わらずノエルたちを待っていた。
あのときはモルフェやレインハルトが居たけれど、今はいない。
レインハルトはオリテの国の建て直しをしているし、モルフェは一足先にレヴィアスに行ってルーナを助けているはずだ。
タルザールには両親と弟のマルクがいて、リーヴィンザールと鉱石を売りさばいているのだろう。
そして、なんの因果かノエルの隣には小さな食肉解体師がいる。
汚れた顔と粗末な服に隠しきれない、みずみずしい希望と可能性。
「俺もやれることをやんなきゃなあ」
馬車がとまる。
ノエルはぐんと伸びをして、外へ出た。




