フローラ
「……レイン、話しかけていい?」
「だめです」「そう言うなよ」
こっちを見ないレインの服のすそをひっぱる。
おっさんの身だとキモイことこの上ないだろうが、今は美少女なので許して欲しい。
ついでにこの現状も、許されないだろうか。
希望を持ちながら、ノエルは言った。
「あの……花咲いた」
「それはよかったですね」
「いや、うん、よかったんだけど、よくないかもしれない、や、さっきよりはよくなったと思うんだけどある意味よくないっていうか、その」
「何だっていうん……」
珍しく僅かに語気を荒げたレインハルトが、ようやく後ろを振り向いた。
ノエルは眉を寄せて、言うしか無かった。
「やり過ぎたみたい……ごめん……」
レインハルトはポカンと口を開けた。
(あ、こいつの間抜け面、すっげー珍しいな)
と、ノエルは現実逃避のように、そんなことを考えていた。
先ほどまで焦土と化した土地の上には、無数の花が咲き乱れていた。
ねじ曲がった枯れ木の上にも桃色の花がこんもりと咲いている。
よく見れば岩にまで苔のような花が生息している。
そして更には地面一帯を、目をこらさないと見えないような小さな花々が、愛らしく埋め尽くしていた。
ピンク、イエロー、スカイブルー、パステルグリーン、バイオレット……。
再び立ち尽くし、幻想的な光景を眺める二人の間を風が吹き抜ける。
ふんわりとした良い香りが鼻をくすぐった。
少しばかり焦げ臭い気もしなくはないが――。
レインハルトの決断は早かった。
彼はにっこりと微笑んでノエルと目を合わせた。
「マンイーターがやったことにしましょう」
ノエルは衝撃的だった。
「えっ? ドラゴンはだめだったのに!?」
さっき、この野郎ふざけたことを言って面白いのか、という顔をされたのは記憶に新しい。
「ドラゴンは討伐隊でも出されちゃ困りますが、花咲きマンイーターだったら、酔狂な研究者がちょっと見に来るくらいでしょう。花を咲かせた後に襲いかかってきたので消し炭にしたと報告しましょう。目的は不明。異常種の発見ということで、一件落着」
「お、おう……」
レインって、案外思い切りいいなとノエルは思った。
こいつは決断が早い。
そうしないといけなかったのかもしれない。
何しろ、12の時分でひとりぼっちでオリテからゼガルドにやってきたんだから。
(ん? そういえば、こいつってなんでゼガルドに来たんだ?)
あの日、オークの群れから助け出してくれたレインハルトは、泊まるところを探していた。
重そうな荷物は何一つなかった。
よく見れば手も足もぼろぼろで、汚れていたのに。
(そうだ。なんでこいつ、オリテなんてこんな遠いところから、泊まるとこも決めずに、荷物も持たずにゼガルドに来てたんだ?)
まるでそれは、何かから逃げているときのような――。
「確かにある意味、『異常種』の発見ですけどね……」
呟くレインハルトに、ノエルは話しかけようとした。
「なあ、レイン――」
「もう着きますよ。『兄弟』、忘れないで下さい」
レインハルトが小声で注意して、木のドアを開けた。
ギィィィと音を立てて宿屋のドアが開いた。
朝の来客に驚きながらも、主人はおっとりと出迎えてくれた。
「ようこそ。朝に来られる方は珍しくて、受付が遅くなってすみませんね。昼食を早めに召し上がりますか?」
「ええ。お願いします。弟がお腹がすいてしまっているみたいで。サンドイッチとか、簡単なものを部屋に持って行ってもかまいませんか?」
「ええ。もちろん! ご兄弟でいらっしゃいますか」
仲がよろしいんですねぇという主人の穏やかな声を聞きながら、ノエルはじっとりとレインハルトの横顔を見上げた。
(――こいつは何か隠しているんじゃないか?)




