イーリスの過去(1)
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意外にも、戻ってきたニコラとイーリスは顔を見合わせただけで、落ち着いていた。
「大丈夫……だと思います」
と言って、微笑みを浮かべたニコラが頬をさする。
「あのー……はい。その辺りの情報はプルミエ様にも伝わっているかと……」
イーリスが巨乳を揺らしながら淡々と言う。
「はい。リアルタイムで伝わっているでしょうね。聞こえてますね、プルミエ様」
今にも部屋を飛び出しそうだったレインハルトが首をかしげた。
「なぜ、そう言い切れるんだ?」
ニコラが、歯切れ悪く言った。
「えー……そうですね、あの……まあ、魔法……みたいなものといいますか何といいますか」
イーリスが穴が空きそうなほどレインハルトの剣を見つめるので、ノエルは
(あの剣から見ているのか……)
と、何となく感づいてしまった。
しかし、当のレインハルトは全くと言っていいほど気付いていない。
「魔法! プルミエ様の加護がついているというのか……全く恐れ入るな」
「何か自分に都合のよい理想を見ているのかもしれないが、それって盗聴器とか隠しカメラみたいなもんだぞ、レイン……」
「ん? 何か言いましたかノエル様」
「いや!? 何も?」
余計な火種は無いにこしたことはない。
「あー、まあ、レイン。そういうわけで、とりあえずプルミエにはこのことは伝わってるはずだ。うん。聖ルキナスの加護があるから」
隠しカメラでリアルタイム中継されているから事情は伝わっているだろう、なんて口が裂けても言えない。
知らない方が幸せなこともあるのだ。
ニコラが仕切り直した。
「もしも攻め込まれたとしても、僕らの他にも戦闘員……じゃなくて、修道士はいますし」
イーリスも頷いた。その拍子にばるるんと乳が揺れるのを、モルフェが偽物の蝋細工の菓子を目にしたかのような複雑な顔で見ている。
「プルミエ様はあれでいて、かなりお強いですからね。何しろ魔力が強い……それに、あのプルミエ様の部屋には多くの仕掛けがあります。そうそうすぐに襲われてやられることはないでしょう」
「こちらの事情が分かっているんなら好都合だ」
ノエルはレインハルトの剣に体の向きを変えて、話しかけた。
「プルミエさん。久しぶり、ノエルだよ。レインは無事だ。心配かけてすまん。
レインを襲ったやつらは海の向こうにイーリスが流した。もしかしたら、今度はプルミエさんのところに
バルバドスの手下が現れるかも知れない。指輪が狙われてる、もしかしたらあいつらプルミエさんごと狙ってくるかもしれない。気を付けて」
使い込まれた剣はうんともすんとも言わなかったが、ノエルは向こう側にプルミエがちらりと舌を出しておどけている気がした。
「おいノエル、どうすんだよ」
モルフェが言った。
「バルバドスが……」
「バルナバスだ」とレインハルトの突っ込みが入る。
「っせえな! バルサンでもバルカンだか知らねーが、今度はそいつをぶっ叩きゃあいいんだろ!?」
「うーん……そうなんだが」
ノエルはベッドに腰掛けたレインハルトを見た。
ここから先に進むには、レインハルトに確認しなければいけないことが幾つかある。
「なあ、レイン。これからお前の古傷をえぐらなきゃいけないかもしれない。お前が話したくなけりゃあ、
それでいい。だけど、お前に必要なのは、やっぱり未来だと思うんだよ。そのためには、今回の戦いで
勝たなきゃなんねぇ。話せることを話してくれ」
ノエルの言葉を真剣に聴いていたレインハルトは、端正な顔にゆっくりと花がほころぶような微笑みを浮かべた。
「ノエル様は傷だらけの俺を拾ってくれました。ここまで来たんです。今更あなたに触れられて困る傷など
どこにも無い」
「レイン……」
「あなたに隠すことなど俺にはありません」
ニコラがひそひそ声でモルフェに囁いた。
「うわあ、すごいですね。王子の本領発揮って感じだなあ。レナード王子っていつも『ああ』なんですか?」
「そうだ、もううんざりするぜ……あいつ絶対自分の顔面を分かってて最大限に使ってるよな」と、モルフェ。
だが、今回ノエルが赤面することは無かった。
長旅でこの顔面に接近されることに慣れたというのもある。
確かに端から見れば、愛らしい伯爵令嬢が美しい年上の従者に睦言を囁かれている場面に見えなくもない。が、しかし、皮膚の下側はというと、強面のおっさんが十以上離れた若者に慕われている図に他ならない。とにかくノエルの理解はそういうことなのだった。
なので、目の前の小僧を安心させるべく、ノエルはほぼ無自覚にレインハルトの頭に手を置いた。
「大丈夫だ。どんな過去だって、それごと俺はお前を受け入れる」
「ノエル様……」
ニコラがモルフェの腕をぐぐぐっと掴んだ。
「痛ぇ痛ぇ痛ぇ! お前! 馬鹿野郎! 怪力発動させてんじゃねぇよ!」
「あっ、すみません」
「無詠唱でバリア張ってなかったら折れてたぞ!? 俺以外にやるんじゃねぇぞテメェ、
興奮するたびに犯罪者になるぞ。修道士なんだろ」
「いやあ……面目ない。なんかこう、グワッとくるものがあったんで……」
「グワッとなるんじゃねぇ修道士が!」
ノエルはレインハルトの目を真っ直ぐ見た。
「バルナバスは、どうして反乱を起こしたんだ?」
部屋がしんと静まり、全員がレインハルトの声に耳を澄ませた。
レインは少し考え込んだ後、意を決したように形の良い唇を開いた。
「それは……様々な要因があったのだと、今は思います。俺の父、先代の王は獣人を大切にしていた。
それまではオリテの中で対等に、一緒に生きていたんです。だけどある日、オリテの騎士団の一人が、
獣人を斬った。もちろん騎士が一般人を斬るのは御法度です。彼は拘束されて、取り調べを受けることになっていました。バルナバスが反乱を起こしたのはその時です」
レインハルトは苦々しげに言った。
「獣人はオリテから排除されるべきだとバルナバスは主張しました。そして、オリテの騎士は先導して、
神の御心を示したのだと」
「何が神だ。都合の良いときだけ引っ張り出しやがって」と、モルフェ。
「そうですねえ。そんな道理は僕らの教義にも反します。きっと自分たちにとって都合の良い『神』なのでしょう」と、ニコラ。
ノエルも二人と同じ意見だった。どうにもきな臭い。




