迫る危険
「まー、俺には良く分かんねぇが、今回も敵をぶったたきゃあいいんだろ? 全く、こんな石でなあ。俺らには魔力があるからよく分かんねぇが、ここのやつらも大変だな。火をつけようと紅い石を使っちまったら、命が無くなるんだろ。どういう仕組みになってんだろうなあ」
興味の無いことは考えるのが大嫌いなくせに、変に理論的なところのあるモルフェはしげしげと青い魔石を眺めた。
「青や黄色は大丈夫。でも、赤は注意ってのは木の実やキノコと似てるな。食ったら危険だってのを表すらしいぜ」
「ふうん……赤は危険、か。たしかに目立つもんな」
「オリテのやつらだって馬鹿じゃねぇんだから、わざわざ青と赤を間違えねぇか。つーか、あいつらどうやって魔石を使うんだろうなあ。こうしてファイヤで魔力を流せるわけでもねぇだろうし」
モルフェが不思議そうに呟く。
「ああ、それは……ニコラがさっきこうやってたよ。石を持って、魔力の代わりに道具を使うんだ」
ノエルはベッドサイドの机に置かれたアリュメットと書かれた木箱を指差した。
前世でいうマッチの構造と同じで、木で板を擦ると火がつく。
「こうして、魔石を入れて……アリュメットを擦って火をつける。それを魔石に近づけるとそのまま燃えるんだ」
「ほー。枝も枯れ葉も無しにか。ってことは、石に直接火がつくってわけか……魔石ってのはおもしれぇ。石っつうけど、何かのエネルギーの塊みたいなもんなのかもな。割ってみたいもんだなあ」
「おいおい。貴重な資源だぞ! やめろやめろ!」
そのときレインハルトが目を覚ました。
「ここは……ああ、ノエル様」
「おい、俺もいるぞ」と、モルフェ。
「余計なのが一名、か」と、レイン。
モルフェが唸った。
「火付け棒の代わりにテメェを擦って魔石で暖とってやろうか? あぁ?」
脳裏に稲妻が走った。
ノエルは大きく瞬きをして、叫んだ。
「それだ!」
レインがショックを受けて言う。
「ノエル様……少し酷くありませんか? 俺で火を?」
「ぶはははは! おい、主人の命令は絶対だぞ」
ノエルはしみじみと言った。
「モルフェ。お前、賢いな」
レインハルトは納得していない。
「ノエル様? 俺がレインハルトでこいつがモルフェですよ?」
「いや、お前が賢いのは分かってるし、名前を間違えてるんじゃねぇよレイン。でも、モルフェの言った通りだったんだ、きっと。つまり、バルナバスがお前を生かしておいたのは……アリュメットのためだ」
「アリュメット?」
「紅い魔石を発動させるためには王家の指輪がいる。指輪を触れるのはお前だけだ。じゃあ、どうやって指輪で魔石を発動させる?」
モルフェが呟いた。
「そりゃ、普通の魔石に火が付くんだから……『命』のエネルギーを紅の魔石にうつせば……」
「そうだ。命を付けるんだ。王家の指輪は紅い魔石でできてる。指輪を身に付けた人間の命をエネルギーに変える……」
ノエルはごくりと唾を飲み込んだ。
「バルナバスはさらさら自分が死ぬつもりなんてない。
指輪ごと王族のレインをさらって、レインの命を使って、鉱山の紅い魔石を脅しの道具にするつもりだ」
「まさか」
レインハルトの顔色が変わった。
「それなら腑に落ちる」
モルフェが言った。
「まさに人間火付け棒ってわけだ。紅の魔石の威力はとんでもねぇんだろ。おいノエル、お前んとこの鉱山の魔石が全部爆発したら、どれくらいになるんだ」
ノエルは父や母の言っていた魔石を想像した。
「山一つ分の魔石……想像もできないけど、青い魔石でこれだ。それが全部もっと威力のある石だとしたら……とてもこの大陸が無事とは思えない」
モルフェが叫んだ。
「それならオリテだって木っ端みじんじゃねぇか!」
「死なば諸共、ってことかもしれない。それに、周辺国との交渉には十分に使える。たとえば、ゼガルドやレヴィアスに言うことを聞かせるために」
「言う通りにしなきゃ、爆発させるってことか。ッチ、骨の髄まで腐ってやがる!」
レインハルトが血の気のひいた唇を震わせた。
「それなら、危ないです」
「だからさらわれたんだろうが」
吐き捨てるモルフェにも、レインハルトは噛みつかなかった。
代わりに勢いよくベッドから飛び起きて、剣を持った。
ノエルが咎める。
「おいレイン、お前、まだ寝てなきゃ……」
「もう大丈夫です。それより、早く行かなければ」
「どこに?」
「プルミエのところです」
「指輪を取り返しにいくのか? むしろ安全だろ、お前と指輪を離しておいたほうが」
レインハルトは眉を寄せて早口になった。
「危ないのはプルミエです。彼女……いや、彼が指輪を持っている。そう、彼は持ってるんです。本当は俺が身につけるべきものを、対価として支払うように、あの日」
「待て待て、落ち着け。レイン、プルミエって何者なんだ!?」
「あの人は……魔女です。オリテの……俺も詳しくは聞かされていませんが……一つだけ確かなことがあります。プルミエは俺から手渡しで指輪を受け取った。無傷で……どういう意味か分かりますか?」
「無傷で……? それって、ありえるのか」
「ええ、あれはオリテの王族の血族しか身に付けることができないんです」
「レイン、ちょっと待て。つまり、そうなるとプルミエは」
「ええ。おそらく、オリテの王家の血族ということです。聞いたことがある。あの人は不老の薬を作り、ずっと昔から修道院で生きてきたと……」
「プルミエがどこかでレインと繋がっているなら、やばいんじゃないか? もし、バルナバスがそれに感づいたら」
――プルミエが危ない。
「おい今、イーリスもニコラもこっちにいるってことは、修道院は手薄ってことじゃ……」
ノエルはモルフェと顔を見合わせた。
レインハルトが立ち上がった。
「まずはイーリスたちに知らせましょう。俺たちだけじゃどうにもなりません。プルミエを親のように思っているのは、他でもないあの人たちなんですから」
ちょうど階下から、軋む木の階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
えー、非常に蛇足ではありますが、プルミエは王家との繋がりがあります。(詳しくは外伝参照)
イーリスとニコラの前で見せた王家の指輪を、火傷もせず普通に見せていたのも、彼(彼女)が王族に関わる血縁だからです。




