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おっさん令嬢 ~元おっさん刑事のTS伯爵令嬢は第2王子に婚約破棄と国外追放されたので、天下を治めて大陸の覇王となる~  作者: 丹空 舞
(3)ノエルとレイン オリテ国境へ

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強者の自覚

物体が水であれ何であれ、高さのある場所から何かが落ちると威力がある。

つまりは、上から石のつまった袋が落ちてくるようなものだ。

ドンッというすごい音がして、辺り一面に砂埃が舞った。


「い、痛てぇ……」


ノエルは目を開け、状況を理解しようとした。

思いっ切り地面になぎ倒された。


(痛いし重い!)


自分の上に覆いかぶさるようにして、レインハルトが倒れ込んでいた。

十年前よりずいぶんたくましくなった腕が、太くなった肩が、ノエルの頭部を守っていた。

土煙と、上品な紅茶のような香りが混じった、レインハルトの匂いがする。


「う……」

男のうめき声を聞いて、ノエルは蒼白になった。


「おい! レイン! 無事か!?」

「……っ」

「なんとか言えって! おい!」


引き剥がすようにレインハルトを突き飛ばす。


「頭は!? ぶつけた? 血出てないか? 痛いとこないか?」

「何とか、無事…」


衝撃の大きさに焦ったが、どうやら大丈夫なようだ。

「よかった」

ノエルは胸をなで下ろした。


「良くはないですよ」

レインハルトが、辺りを見渡して厳しく言った。

()()、どう説明するんです?」


緑豊かだった森林が、今や黒く焦げた大地と化していた。

その荒涼とした風景の後ろに、二人は呆然と立ち尽くしていた。


「こんなはずじゃ……」

ノエルの声が震えた。

「だって、ファイヤーって、最初の……初期の攻撃魔法なんだぞ? 授業で使ったときは、こんなのじゃなかった。威力だって、小さなたき火くらいで……」


ノエルの声はだんだん小さくなっていった。

レインハルトはゆっくりと頭を振り、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「封じられていた力が解かれたというのは……こういうことだったのか」


かつて生い茂っていた木々は、今や灰と化して風に舞っている。

虫や小動物たちの動く音も、鳥たちの囀りも、この悲劇と言うべき惨状の前に全てが沈黙していた。



「あー……もしさ、この火事が魔物とか、たとえばドラゴンの仕業だったとか言ったらどうかな!?」

ノエルがその案をレインハルトに持ちかけた時、レインハルトの反応は予想外のものだった。


「ドラゴン?」

レインハルトは眉をひそめ、冷静にノエルを見つめた。

「本気でそんなことを考えているんですか?」


粉砕された敬語が、きちんと戻っている。

灰色と青色の混ざった冷たい瞳にノエルは少し動揺しながらも、言い訳を続けた。

「いや、だって、ただのファイヤーでこんなことになったなんて、信じてもらえなく無いか?」


しかし、レインハルトはノエルの話を遮った。

「でも、『事実』はこれです」


ノエルは言葉を詰まらせた。

分かってる。自分の中の不安と恐怖から、逃れようとしていただけだ。

レインハルトの言葉は現実を突きつけた。

そう、これが事実だ。



レインハルトは落ち着いていた。

ただし、その美しい容姿からは想像もつかないほどの迫力があった。


「認めないといけません。あなたはどうやら、途方も無い『武力』のようだ。自覚が無いというのが一番の罪。強者は強者の自覚なしに行動してはいけない」

「じゃあ、ドラゴンっていう案は……」

「却下」


レインハルトはぴしゃりと言った。

軽蔑を込めた眼差しは重く、思わずノエルは泣きそうになった。

普段の温和さと裏腹に、レインハルトの表情には厳しい非難の色が浮かんでいる。

その強迫的な美しさが、かえっていっそうノエルを圧倒した。


(イケメンが怒ると怖い……泣いてない、泣いてないんだからな。覚えてろよ小僧)


ノエルは前髪をかきあげるふりをして、ちょびっと滲んだ涙を掌でぬぐった。

「わかったよ」

そうはいってもこの惨状をどうすればいいのか。

かつて緑豊かだった山々は、今や黒い炭の森へと変わり果てている。


木々は根本から焼き尽くされ、その場には灰だけが残されていた。

火は消えたが煙はまだそこかしこから立ち上って、焼けた木のねじれた形が不気味な影を作り出していた。焦げた木材の酸っぱい匂いと、水のむわっとした蒸気。

裸に剥かれた地面は生と死の境界が曖昧になり、時間が停止したかのような静寂に満ちている。

ところどころには、火が通り過ぎた後の熱によって岩が不自然に変形していた。

よほど高温の被害を受けたのだろう。


レインハルトの声が静けさを打ち破った。


「とりあえず、降りて、宿屋に向かいましょう。で、事情を話して、場合によっては……黙らせるしかないな……」

不穏な発言だったが、ノエルは頷くしかなかった。

「うぃ……」


荷物をもってレインハルトの背中の後ろを歩き出そうとしたノエルは、ぽつりと呟いた。

「なあ、レイン。火の魔法があって、水の魔法があったわけじゃん」

「ええ。そうですね」

「じゃあさ、土とか木の魔法もあるんじゃねぇの?」

「ああ。そうですね」


レインハルトは心ここにあらずのようだ。

無理もない。

さっきまで異様な光景を見ていたのだから。

ノエルは諦めずにレインハルトの背中を控えめにつついた。


「なあ、木が生えそうな魔法ってないのかよ」

「木は知らないけど花だったらフローラとかじゃないんですか。それより、下に降りたらすぐに書類を出せるようにしておいて下さいよ。役人なんかに話が行く前にどうにかもみ消して……」


レインハルトが言っているのをよそに、ノエルは名残惜しげに後ろを振り向いた。

焦げた山肌が恨めしそうにこちらを見ている気がする。

こんなふうにするつもりじゃなかった。

ただ、マンイーターをやっつけて経験アップ! くらいの軽い気持ちだったのだ。



(ごめんな)



贖罪のつもりで、ノエルは胸元に手をあてた。

そして手を伸ばし、小さな声で唱えた。



「フローラ……」


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