偵察、オリテの街へ
オリテに入るのは久しぶりだ。
思えば国を追放されて、レインハルトと初めて向かったのがオリテだった。
(何の因果かなあ)
森にさしかかった。
ここを抜けると国境を越えて、オリテの街中に入る。
ノエルたちは荷物を持ち、馬車をノレモルーナ城に帰した。
ここからは旅人として、徒歩でオリテの町を目指す。
モルフェがふああとあくびをする。
よくも悪くも緊張感のないやつだ。
「で、このメンツだと目立って仕方ないんだが、どうすんだ」
ノエルは仲間の様相を見た。
目つきが悪く明らかに堅気ではない男、モルフェ。
きらきらしい金髪碧眼の王子、レインハルト。
いたいけな童顔の獣人、ニコラ。
豊満な肉体と理知的な振る舞いが色気を増幅させている、いけないおねえさんイーリス。
そして、絶世の美女とうたわれた美貌の美少女ノエル・ブリザーグ。
「確かに、五人だと目立つな」
ノエルは同意するしかなかった。
特にレインハルトの素性がばれてしまっては大変だ。どう考えても3秒で拘束される未来しか見えない。
モルフェが面倒くさそうに頭をかく。
「お前のその分かりやすい王子オーラなんとかならねぇのかよ。ひっこめろ。顔面と髪に泥を塗ってこい」
レインハルトが叫んだ。
「俺はボアじゃない!」
案外きれい好きなボアは泥あびをするというが、さすがにレインハルトにそれを強いるわけにはいかないだろう。
「じゃあ、男と女で二手に分かれよう」
ノエルが提案すると、全員が一瞬で口を閉ざした。
ノエルは慌てて付け加えた。
「いや、もちろん、ここにいるのはみんな男なんだが――なんというか、ベンザ上の話で」
「ノエル様、それを言うなら『便宜上』です」
レインハルトが冷静に突っ込む。
イーリスが額にかかる前髪を払いのけた。
「つまり、私とノエルさんの組、そしてレナード王子とモルフェさんとニコラという組になるということですね」
「おいおい、本気かよ?」
モルフェが眉をひそめる。
「女二人が寄ってきたナンパを手当たり次第ボコッてたら、そのほうが目立つぞ」
ノエルはイーリスの白く丸いグレッドのようにはちきれそうな胸元と泣きぼくろを見た。
確かにこれは変な虫がブンブン寄ってくるに違いない。
「目立たないように散らばるという案には賛成ですが」
レインハルトが渋々声を上げた。
「街中で腐っても美少女のノエル様と、世の男の煩悩の塊のような『イル』を放っておくのは危険だ」
イーリスが微笑みながら腕を組む。
「あら、心配してくれるんですね、王子」
レインハルトがぐっと息をのむ。
美女に微笑まれて緊張しているようにも見えるが、単にイーリスによる扱きへのトラウマが再燃しているのだろう。
修道院でボロボロになるまで酷使されたのはよほど堪えたらしい。
イーリスは涼し気な顔で言った。
「ですが、ご心配なく……私はニコラと違って、回復魔法はほとんど使えません。私が得意なのは」
イーリスはモルフェをじっと見つめた。
「な、なんだよ」
「前から思ってたんですがモルフェさん、あなたは不思議と『かかりにくい』んですよね。体質でしょうか……この戦いが終わったら、一度ゆっくりと研究観察させていただきたいですが、それはそうとして……ほら、私の瞳を見てください」
「んだよ」
「何かしたくなってきませんか?」
「は? 何言ってんだ、お前」
と言いながらモルフェは動いていた。
本人には意識が無かったが、モルフェはそっとレインハルトに近付いていた。
そして――
「ん?」
「は?」
ぴたっ。
背後から抱きついたモルフェが、レインハルトの頬に自分の頬を押し当てていた……。
ノエルは信じられないものを見た思いだったが、当人たちは更に混乱していた。
「どういうつもりだ」
レインハルトは柄に手を当てて、殺気を出している。
「知るかよ!」
モルフェは心底嫌そうな顔で頬をぬぐっている。
「このように」
イーリスがしたり顔で頷いた。
「わたしは人間の無意識を『操作』できるんです。ですが、モルフェさん、あなたは本当に面白いですね。わたしは今、あなたにレナード王子の頬にキスするように催眠をかけたのに。しかも、わりと強めに」
レインハルトの殺気が強くなった。
モルフェが叫ぶ。
「しれっととんでもねぇことをさせんな!」
100%、いや、一億パーセント嫌がらせだろう。
ノエルは薄目で茶番を見守る。モルフェの能力もたいがいだが、イーリスの能力は言うなれば催眠だ。どちらかというと、こちらの方が恐ろしい。
イーリスが全力で頬を拭っているモルフェを面白そうに眺めた。
「あなたの無意識は面白いですね……とても興味があります」
「近寄るな!」
シャーッと爪をたてて威嚇する猫のように、モルフェはイーリスを睨み付けた。
「というか、私たちよりも、目立つのは王子の方だと思いますよ。その髪、瞳も……ローブで隠しているうちは良いですが、素顔を見られてはいけません。お父様に生き写しですから」
ノエルは瞠目した。
そうだった。
うっかりしていたけれど、こいつは美男子とかいう以前に、オリテの王子なんだった。
ニコラが控えめに手を挙げた。
「僕、ノエルさんたちと一緒に行きます。女の子だけじゃ心配だし……あ、もちろん役に立てるかわからないですけど」
「ふむ、そうだな」
ノエルはニコラの子どもらしいほっそりとした頬を見た。
ローブをかぶっていれば子どもに見えるだろう。
「ノエル、イーリス、ニコラチームは、弟を連れた姉妹。で、お前らは冒険者仲間の二人パーティー。レインは髪も長いし、女装すればいいんじゃないか? これでどうだ?」
ノエルは一応、全員の意見を聞くように視線を巡らせた。
「異論なしですね」イーリスは即答した。
ニコラも頷き、モルフェは小さく舌打ちをした。
「俺には異論しかないが、これ以上議論するだけ無駄ですね……」
レインハルトは苦々しくため息をついたが、仕方なく納得した。
「よし、じゃあここから分かれるぞ。宿の名前は『青い尾羽亭』だ。日が暮れる前には集合すること。それから……」
ノエルは軽く周囲を見回し、声を潜めて続けた。
「絶対に目立つような行動はするなよ。街は噂好きだから、私たちの動向がすぐに広まる。慎重にいけ」
二手に分かれ、ノエルたちは歩き出した。街道を外れ、小道を選んで歩く。
イーリスがふと微笑んで言った。
「それにしても、ノエルさん。あなたもずいぶんと大胆な提案をしましたね」
ノエルは肩をすくめる。
「まあ、いつまでも子供じゃいられないってことだ。あいつらも……旅は人を成長させるってな」
ニコラはうつむき加減に歩きながら、耳をぴくぴくと動かした。
「でも、オリテの街って怖い人が多いって聞きました。大丈夫でしょうか……」
「怖がる必要はありません。何かあったらちゃんと姉たちが守りますよ」
イーリスがニコラの肩を軽く叩きながら、優しく言った。
その声には不思議な説得力があり、ニコラも少しだけ安心したように見えた。
(あれっ? これも催眠なのか!?)
ノエルはイーリスを見やったが、それが本音なのか催眠なのかは分からずじまいだった。
一方、青年二人チームは険悪な雰囲気を漂わせながら進んでいた。




