本当の居場所
「おい」
レインハルトと話さなきゃならない。
演舞の後、衣装もそのままに出てきたレインハルトが客に取り巻かれている中、
「レイン。ちょっと来てくれ」
と、ノエルは足早に近付いて手を引いた。
「わあ! ノエル様がレイン様を連れて行っちゃったよ」
「やっぱり二人は、いい仲なのかしら……」
「愛の逃避行!?」
「いんや、この間は黒髪の目つきが鋭い兄ちゃんともムニャムニャやっていたぞ」
「ええっ、もしや三角関係!?」
村人は盛り上がっているが知ったことではない。
おじさんが青年を連れ出して話を聞くというだけの構図なのだが、村人たちにはそうは見えないらしい。
そもそも、逃避行も何もここはマールの村である。
どこに逃げているということでもないのだ。
ルーナは村人に囲まれ、出店のホットセルガムを飲みながら、車座になって話し込んでいる。
モルフェはノエルの弟のマルクに懐かれ、祭りの監視役と称して一緒に回っているようだ。
ノエルの父母は貴族の衣装も捨て置き、簡素な庶民の服を着て、仮装デートとしゃれ込んでいる。
それぞれが、めいめいに祭りを楽しんでいるようだ。
レインハルトは不思議そうな顔をしながら、ノエルに手を引かれるままついてくる。
「どうしたんですか、ノエル様」
「他の奴にはあんまり聞かれたくない話だ」
「城に戻りますか?」
「いや、いいさ。その辺りに座ろう」
きらびやかに飾り付けられた村の灯りから、ぽつんと離れた場所にある、村はずれの木のベンチにノエルは座った。隣にレインハルトがやってきて、ため息を吐く。
「いきなり踊れと言われたときは、俺の主人の頭がどうかしたのかと思いましたよ」
祭りの決行が決まってから、やれとノエルに言われたのを根にもっているらしい。
「すげーよかったぞ。かっこよかった」
「ありがとうございます。ルーナと毎日毎日練習しましたから」
「なあ、レイン。お前は、やっぱりオリテのやつだよ」
「どうしたのです、急に」
「あの舞な、オリテの伝統的な曲なんだろう。俺は初めて見たけど……なんつーか、綺麗だと思った。すごく……お前に合ってたよ。豪華で、伝統的で、あの、なんて言うんだろうな、うまく表現できないけど、ゼガルドでもなくて、レヴィアスでもなくて、やっぱりお前が似合うのってさ、……オリテなんだよ」
「何を言ってるんですか」
レインハルトは怒ったように言った。
「あんなのは少し練習すれば誰にだってできます。ノエル様は命令通りに働いた俺を捨てる気ですか?」
「そうは言ってない。だが、お前はこのままレヴィアスにいて終わっていいやつじゃないんだってな、俺はなんだかそんな気がしたんだよ」
「世迷い言ですね」
「レイン、オリテに行かないか」
「どうして行く必要が?」
「お前も分かってんだろ。いい加減に腹をくくろうぜ」
ノエルはじっとレインハルトの蒼い目を見つめた。
朝焼けの直前のような、未知の光を秘めたような独特の色をしている。
「……ノエル様」
ノエルは声をひそめ、小声でレインハルトに囁いた。
「オリテの王子はお前だったんだろ。何の悪いこともしてねぇのに、なんでお前はいっぺんに奪われなきゃいけなかったんだ」
「運命ですよ」
「そんな都合良い言葉で誤魔化すなよ!」
ノエルは必死でレインハルトの胸元の飾り紐を握りしめた。
どうしても伝えたかった。
お前は俺の従者で終わっていいやつじゃない――。
「お前にだって分かってるはずだ。このままいけばオリテとゼガルドはでかくなったレヴィアスと敵対するか、友好を結ぼうとするか、どうにかしてくるだろう。俺はお前の父ちゃんや母ちゃんを奪った奴らやモルフェをとっ捕まえて酷いことをさせた奴らと仲良くするなんてできねぇよ」
「……俺に何ができるというんでしょうか」
レインハルトが唇を震わせた。
「10年前だって何もできなかった。何も。何もだ。俺はただ俺の愛したものが全て崩れていくのを、見ているだけだった」
「今は違う」
ノエルは真剣に言った。
「お前は強くなった。それに、お前の隣には俺らがいるだろう」
今にも泣き出しそうな顔をするレインハルトに、ノエルは力を抜いてほほえみかけた。
「お前が本当に欲しいものを教えてくれよ」
*
「モルフェさん! 次はりんご飴とセルガムのポン菓子ですよ!」
「おっまえ……さっき無限に食ったろうが!?」
「甘い物は別腹って、学院で習いました」
「嘘つけよ。ん? あれ、ノエルとレインハルトじゃねぇか? おーい、ノエ……ぶっ!?」
「モルフェさん! しゃがんで! 静かにッ」
「何すんだ! お前が突き飛ばすから顔の半分が串焼きのタレでべったべたじゃねぇかッ」
「ほらっ、しゃがんで。茂みに隠れますよ! 何話してるんだろう。ん!? 『他の奴にはあんまり聞かれたくない』って今言いましたよね。あ、座った! 僕たちももう少し近付いてみましょう」
「お前、マルク、なんで俺らがこんなこと……普通に話しかけりゃいいだろ」
「モルフェさんはちょっと黙っててください。え!? 『かっこよかった』って言いましたよ姉上が! レインが複雑な顔してる! うわー、身内のこういうの、不思議な感じがしますね……」
「俺、一応、お前の護衛ってことで来てるんだけど……何をしてるんだ、お前は」
「えっ……『いい加減に腹をくくろうぜ』『運命です』って言いましたよ。ん!?『お前の隣には俺……』俺がいるってこと!? そんな感じなんですか姉上!? 『本当に欲しいものを教えてくれ』!? モルフェさん、どうしたらいいですか、僕は……ああ、レインが義理の兄になるってことですか?」
「それは、ちょっと面白ぇな……」




