このクソッタレの世界で
これにて200話です! やっとのことでロタゾが手に入りました。ここまでの応援ありがとうございました。年末までには物語を着地させていきます。基本的に月曜更新、他曜日は追加で不定期にあったりなかったりという感じです。 丹空舞
アランは顔から地面につっこんだのか、したたかに鼻を打ち付けており、鼻血がポタポタと垂れていた。
喉を切り裂いて自害をしようとしていた矢先になぎ倒されたアランは、全く予測していなかった捨て身タックルに脳の理解が追いついていなかった。
それなりに長身のアランに体当たりをかました伝令の男は、悲痛な顔をして叫んだ。
「アラン様! 血が! どうされたんですか! お気を確かに!」
「いや、お前が……」
ノエルの突っ込みをよそに、伝令の男はギリリと唇を噛みしめた。
「おのれ! アラン様に血を流させるなど……卑劣なッ!」
「聞いてたか? お前だぞ? 卑劣なの」
「アラン様は人口が植えるばかりで食料も資源も無い、ロタゾの民をお救いになった崇高な方だ! ロタゾの農民だった俺は、よく分かっているッ! それをお前は」
「だから~……まあいっか。ていうか、大丈夫かよ、アランは」
「しらじらしいッ。大丈夫ですかアラン様」
アランは血で汚れる顔や胸元もそのままに、呆然として尋ねた。
「お前は……伝令の」
「はい! ご無事で何よりです!」
「ご無事ではないんだけどなあ」
しかし、こいつが来なければご無事どころかご自害なさっていたというのだから、鼻血くらいで済んでラッキーだったかもしれない。
ノエルは思い直して、ウンウンと頷いた。
「おい、アランさ。お前が言うところの『使えない兵士』に命を救われた気分はどうだ?」
「……最悪ね」
アランはもう全てを諦めたように、その場に崩れるように座り込んだ。
「はあ……アタシにどうしろっていうの」
ポツポツとアランは吐露した。
「生きなければならないと言われたってもう力が残っていないわ。どうしてこんなに苦しい思いをしてまで生きなきゃならないの?
生きる意味なんて……みんな分かったようなことを言うのよ。死んだことのある人間なんかいないくせに」
「あー……まあ、うん、普通はいないよなあ……」
ノエルは唯一死んだことのある人間として、何を言うべきか考えた。
「だけど、お前は今生きてんじゃん。俺だっていつか死ぬよ。こいつも」
伝令の男はアランの前に立ちはだかりながら、ノエルを睨み付けていた。
ノエルの魔力をまともにくらえば、アランもこの兵士もひとたまりもないだろう。
だが、兵士は全く退く様子はない。
(いい部下じゃないか……)
ノエルは訥々と話し出した。
「人間みんな誰かのために生きてるわけじゃない。生きることに意味も意義もないさ。だけどあんたがここにいてくれて、きっとそれだけで嬉しい奴がいるんだよ」
「……」
「だいじなことなんてきっとそれだけでさ。生きることに意味なんてない」
どうせいつか肉体は朽ち、星も死ぬ。世界は冷たくなり、積み上げてきた遺産は全てなくなる。
どうしたって、何だって宇宙に還るのだ。
ノエルは晴れ渡った昼間の空に目をやった。
この世界にも大気があり、空は青く見える。
「でもさ、今、星は生きてて、空だって生きてる。それで、このクソッタレの争いばかりある酷く惨たらしい世界で、お前は生きてる」
ノエルは、突然訳の分からない体に入れられて誕生した十数年前のことを懐かしく思い出していた。
(生きてく意味かあ……)
自分にだってそんなことを考えた時期があったかもしれない。思うようにいかない現実に、もがいて、苦しんで、うんざりして、嫌になる。
だけど、それでもーー。
「苦しいことなんて、そんなん全部無いほうがいいに決まってる。けど、それでもなあ、思うんだ……きれいなものが一番輝いて見えるのは、苦しんでるやつの中にあるときなんだろうって」
「きれいなものなんて、アタシの中には何も無いわ」
「そうかな? 少なくともそこの伝令には見えてるらしいぞ」
伝令の男はフンッと鼻息を荒くしてノエルを睨んだ。
膨大な魔力持ちを相手にして全く退かない。
よく見れば彼の足は震えていたが、ノエルは笑わなかった。
「ウルサイ、女! と、当然だ! アラン様は何よりも高潔で美しいッ!」
「……は。バカらしい」
目を見開いたアランは、だらりと垂れていた腕を動かして、ぐいっと鼻血を拭った。
「バカだ……本当に……」
ノエルの元へ一歩一歩ゆっくりと近付いてきたアランは、身につけていた指輪を外した。
長い指先は男とは思えないくらいに優雅で、思わずノエルが見とれていると、アランはすっとノエルの右手を取り、中指に指輪をはめた。
「ん?」
「負けたわ」
「何だこれ」
「これは……ロタゾの最高権力者としての証」
「あ!? やめろやめろ! そんなもん俺はいらない!」
慌てたノエルは抜こうとしたが、金色の指輪はノエルの指にあつらえたようにぴったりとはまり、きつく絡みついた蛇のようにびくともしない。
「取れない……だと……?」
「アンタがいらなくったって、和平交渉はそうやって取引しなきゃ仕方ないのよ。アタシはもう戦う気はないわ。もともと戦場で祭り上げられるような器じゃないのよ」
「俺だってそうだよ!」
「あら? イライザを容易く破壊しといてよく言うわね」
「ぐ……」
「ふふ、まあこれくらい持っておいたって罰は当たらないわ。この赤い魔石は、あのイライザの核。もうアタシには必要ないわ……煮るなり焼くなり好きなようにして頂戴。こっちの指輪はロタゾの指導者に引き継がれる指輪よ。これをはめた時点で、アンタが自動的にこの国の指導者になるわ」
ノエルは鼻白んだ。
「なんだその全く民主的じゃない決め方は! そんなもん間違えてその辺の赤ん坊がつけたらどうするつもりだよ!?」
「あら、バッキバキの軍事国家ロタゾの最高指導者の証よ? この国で最強の者が身に付けるに決まっているわ。アタシにはイライザがいたから、どれだけこの指を狙われたってかえりうちにしてやったわ。これまでもたくさんの血で血をあらう戦いが行われてきたみたいよ」
「うわ、本当に取れねぇ……どうすんだこれ」
「この指輪は指導者の意思を反映するの。アナタが本心から『負けた』と思ったときに指輪が外れるわ」
「ってことは、それ以外は」
「永久にアナタと一つになる。ロタゾの国とアナタはもう一心同体よ」
絶望的な顔をした紅毛の美少女は、青ざめながら指輪を渾身の力で引き抜こうとしたがどうしてもできなかった。
「んマジかよ……」
「覚悟してね、これから忙しくなるわよ」
アランはどこかすがすがしい表情で、いっそ楽しげでさえあった。伝令の男だけは、アランが降伏するなど認められないと最後まで頑張っていたが、最終的にはアラン自身に引きずられるようにしてどこかに連れ去られていってしまった。
この日、ロタゾの最高指導者が謎の少女によって降伏させられたという、前代未聞のできごとが起こった。
そしてロタゾは呆気なくも攻略され、戦いは終結した。
無名の、王族でも何でもない、ただの一人の少女によってーー。
いよいよ後半戦です。よーしガンバルビィ!!




