俺だってたまには真面目になるんだぜ
「いや、率直に言うんだけどさ」
と、ノエルは切り出した。
「もうやめてくんないかなあ」
「……お前は」
「あっ、俺はノエル。ノエル・ブリザーグ。えー、今のレヴィアスの女王の、……友達というか、仲間をなんだが。あとタルザールのリーヴの友達でもある」
アランは自分の身に突然降りかかった現実を、まだ受け入れきっていないようだった。
信じられないようにノエルを眺め、目を細めた。
「あなたが、リーヴィンザールと?」
「ああ。それに、ラソの奴らとも」
それで、アランはどうしてここにノエルがいるのかを察したようだった。
「復讐ってわけね」
アランは両手をあげて、潔くノエルに言った。
「ここにやすやすと侵入できる時点で、あなたが人智を超えてるのが分かったわ。あの伝令がいくら使えないからって、アタシのとこまで平気で近付いてこれるなんて、常人じゃない。使えない兵士たちでもボアの群れより多くいるのよ。分かるわ」
アランの発言に、ノエルは違和感を感じた。
「おい、ロタゾってのは軍事国家なんだろ? なんで自分のとこの兵士を『使えない』なんて言うんだ」
「あら。そこまでは調べていないの? 数はいたってウチは寄せ集めよ。ついこの間、手に入れたラソの奴らもいたと思うわ」
「ラソの……エルフたちか?」
「ええ。あいつらは家族を人質にとられて逆らえないのよ。やれと言われたから戦場に来てる奴らよ。本心ではどれだけアタシを殺したいと思ってるでしょうね。そんな数だけの軍が、本当に使えるわけないでしょう。ロタゾの兵士はみんな盾なのよ」
ノエルは両手をあげたまま、淡々と感情を排したアランの言い分を聞いていたが、不思議そうに首を傾げた。
「あの伝令の奴は、裸足で走ってたぞ?」
カボチャ畑と化した一帯の道を、ノエルの攻撃に心底怯えながら、ロタゾの本拠地へ向かって走り出した伝令の男。
靴をカボチャに持って行かれた男は、石の転がった砂利道を素足で駆けていた。
その鬼気迫る様子から、おそらく味方のところへ行くのだろうと見当をつけたノエルは着いてきたのだ。
「あいつもお前にとっては盾の一部なのか?」
「そうよ」
アランに躊躇いは無かった。
「アタシたちの『剣』はイライザだけ。あの子以外に使える兵器はいないわ。イライザは完璧な兵器よ。どんな判断も間違うことはない。人間が一生かかっても得ることのできない知識を、あの子には染みこませ続けたの。アタシの全てを賭けてね」
「お前が……あれを造ったのか」
「あなた、ノエルと言ったわね」
「ああ」
「イライザと戦ったのね」
「……」
「あの子、どうだった?」
「どう、って」
どうも何も、魔力を連発したら気付けば跡形も無くなっていただけだ。
人間相手なら後悔やら何やらで押しつぶされそうになっていただろうが、相手は機械なのだ。
「別に感想は何も無ぇよ。俺がやるべきことをやっただけだ」
言い放ったノエルを、アランは無言で見つめていた。
「犠牲のない益なんてこの世にない」
「んぁ?」
「誰かの笑顔の裏では何かが死んでいる」
「アタシには幼なじみがいたの。目が澄んでいて、少しそばかすが浮いた、可愛い子だった」
突然始まったアランの昔語りに戸惑いながら、ノエルは行き場の無い手を握ったり開いたりしていた。
「どうしてイライザが誕生したかって?」
「いや、聞いてねぇんだけど……」
「ある日、その幼なじみは亡くなってしまった。元々病気がちでね。アタシはその子を忘れたくなくて、アタシはベラの格好を真似て、ドレスを着るようになった。それでも記憶って厄介ね。どんどん思い出せなくなっていくの。笑った顔も泣いた顔も……だから、アタシはあの子にそっくりな玩具を造ったの。魔石を使って……動く女の子を造ったのよ。それがイライザ」
ノエルは瞠目した。
「お前、器用なんだな……」
「最初はただそれだけだったのにね。研究を続けているうちに、いつしかイライザは戦争の道具になってしまった。気付いた時にはもう遅かったわ。アタシは国の天辺に祭り上げられて、戦争の舵取りをしなきゃいけなくなった」
「嫌だったのか? なら、そう言えばいいじゃんかよ」
「あは、言えるならとっくにそうしてたわ。いい、良い魔石はロタゾじゃとれないの。あんな草原しかない場所では、どうにもならない。他の資源が豊かな国から持ってこないと……イライザの研究を続けるために、アタシはロタゾの中枢の大臣たちと手を組んだの。国を滅ぼしてロタゾを強くする代わりに、魔石をイライザにどんどん組み込んでいった。研究は順調だったわ。だけど」
アランは一度言葉を切って、諦念と共に吐き出した。
「いつしか思うようになったわ。イライザは、ベラ……本当にあたしの好きだった、あの子そっくりなのかしら? あの子は病気になってからも、くるくる表情が変わって、いなくなってしまった日さえ幸せそうに笑っていた。イライザは……イライザは一度もそんな顔をしなかったわ。これじゃ何かがおかしいって、分かっていたのにね」
アランは挙げていた両手を下ろした。
何かを諦めたような顔をしたアランは、懐から紅い石を取り出して微笑んだ。
「さっき、伝令から聞いたわ。これがイライザの核。最初の魔石よ」
兵器とはいえ、渾身の研究の成果を木っ端みじんにしてしまったノエルとしては、どんな顔をしていいのか分からない。
ノエルは真面目な表情を保つように努力した。
アランは熱に浮かされたような顔で、ノエルに魔石を見せた。魔石はザクロのように透んでいるのに濃い、不思議な赤色をしている。まるで見ていると石の中に吸い込まれそうだ……。
「血のように赤い魔石は、人間の命で発動する――そうね、ベラの命はまだここにあるんだわ。アナタにバラバラにされても、これだけは砕け散っていなかった。うふふ、運命なんて言ったら笑うかしら?」
ノエルは『コイツ、オネエだし幼なじみへの感情が激重だし、なんかヤベェやつ』という漠然とした印象を受けながら、
(和平交渉って、どうやるんだ……ヤベェ、日本史の授業なんて落書きで終わってたもんな。ちゃんと聞いてたら教科書に載ってたかもしれねぇのに)
と、前世の記憶を思い出し、ほのかに後悔していた。
だから、気付かなかった。
「これだけ最高級の魔石なら、ここ一帯を良質なグレ畑に変えられるわね」
と、アランが呟いたことに――。
グレはグレッドの原料だ。
真っ直ぐに伸びた茎に幾つかの粒がつく黄金の穀物。
アランはふと思い出したように瞬きをした。
長い睫毛が上下に動く。
「待って頂戴。そうだわ……あなた、レヴィアスの仲間だって言ったわね」
「え、ああ、うん」
「ねぇ、アタシね、イザイラには全ての知を集めていたの。ロタゾだけでなく、各地の兵士の散っていった血と知が入っていた。あらゆる人間たちの記憶を入れていたのよ。それで、前にこんな話を聞いたわ。黒竜ジャバウォックを動かすために、ゼガルドの奴隷が一人死んだって」
ノエルは思わず、声をあげた。
「何だって? ゼガルドがレヴィアスを攻撃したってことなのか!?」
「ええ。イライザによると、ゼガルドは黒竜を動かすところまで成功したと言っていたわ。だけど、その後、レヴィアスを手に入れることはできなかったとも。ゼガルドの王と、第2王子に気を付けなさいね。黒幕はいつもぎりぎりまで奥の手を見せないものよ」
そう言うと、アランはもう片方の手で、胸元から銀色の小刀を取り出した。鞘を抜くと、ぎらりと光る刃が露出した。
「なっ!」
「ふふ、言ったでしょう。奥の手は最後に出てくるの。アタシはイライザがいないなら戦えない。剣が使えるわけでもないし、魔力だってほとんど無いわ。その辺の赤ん坊コボルトと同じよ。あなたが言うようにもう終わりにしましょう。アタシも罪を重ね過ぎたわ。……ごめんなさいね」
「おい!」
ノエルは止めようと駆け出そうとしたが、アランの方が速かった。
銀の刃の先端がアランの喉元に突き刺さる。
「やめろ!!」
その瞬間、アランの背後から奇声をあげた何かが飛び出して来た。
それは、渾身の力でアランに体当たりをかました。




