ノエルVSイライザ
イライザは迷わず、ノエルに向かって攻撃をすることにしたようだった。
黄色い光の塊が、間髪入れずに飛んできた。
ノエルはバリアをはりながら、自分の身体に広がる奇妙な力を感じていた。
(やっぱり、前よりも簡単だ……)
魔法を使うのが明らかに楽だ。
以前は両手を使わないと持ち上がらなかった物が、今では指二本ほどで動かせるようになったといえばいいだろうか。
ノエルはタルザールの酒場でセルガム酒を飲んだことを思い出した。酒といっても毒性は無く、子どもも飲めるという触れ込みで堂々と口を付けた天の恵み……あれは最高の体験だった……しかし、それ以来、確かに何かが変だった。
物置小屋で、林の隅で、砂漠の端で、こっそり試していたノエルは、自分の魔法の威力が強まったことに薄々気が付いてはいた。
だが、これまで確証が持てずにいた。
なぜなら、自分に見合うだけの威力のある相手と本気でやり合うことが無かったからだ。
「相手にとって不足は無ぇな!」
ノエルは意気揚々と手を振り上げた。
こちらも反撃だ。
白く傷の無い少女らしさを残した腕が、しなやかに空を斬る。
「ファイアー・改!」
ここにモルフェがいれば、最高にダセェ名前だと悪態をついただろう。だが、ノエルは全く気にしてはいなかった。
(これまでのファイアよりも威力が強いんだから、そうだ、改ってつけりゃあいいや!)
全くいい加減で、適当で、単純な名付けだった。
ノエルの手から放たれた魔法の波動は赤く燃え上がる炎になって、イライザへ向かって飛んで行った。球ではなく、手から対象の敵へ真っ直ぐに伸びていく様は、まるで竜や尾の長い鳥のようだった。
イライザは防御のための魔法を発動させた。
胸に埋め込まれた魔石がノエルの攻撃を察知して光り出す。
おそらくリーヴィンザールがやっていたのと同じで、攻撃を無効化する仕掛けなのだろう。
(こいつだって魔石を無限に埋め込むことはできない。いつか防御には終わりが来るはずだ。何度も打ち続けて粘ってやる!)
ノエル・ブリザーグの中身は体育会系のおっさんである。
前世では剣道の試合も粘って乗り切ってきた。
諦めなければ必ず勝つとまでは言い切れないが、相手は疲弊していき戦況は動いていく。そこを見逃さずにたたみかければ、勝機はあるのだ。
熱くなったノエルはグッとかざしていた手を握った。
震える拳はこれからの戦いへの興奮と期待に満ちている。
自分たちがタルザールを守り、ロタゾを破るのだ。
そのためにはここで、何としてもロタゾの兵器イライザを足止めしなければならない。
本隊は今頃、進軍している頃だろう。
ここでロタゾの奇襲を足止めさせて、どうにか勝機を見つけたい。
ノエルは使命感に、握り拳にグッと力を入れた。
すると、炎の色が赤から青に変わった。
(んっ?)
ノエルが変化に気付いたのと、イライザが魔石を発動させたのは同時だった。
「セーフモードへ移行……安全を優先、回避不可、バリア発動」
イライザの前に大きな透明の布を広げたような膜が出現する。
ノエルの『ファイア改』の青白い炎が変化した。
幅のある生き物のように燃え上がっていた火が集まり、収束し始めた。そして、みるみるうちに棒状になったかと思うと、鋭く尖った槍のような形になる。
青い炎の槍は目にもとまらぬ速さで、バリアの膜に突き刺さり、吸い込まれるようにその壁の内側へ侵入した。
パリン、と瓶が割れるような音がした後、
ピィィキイイィィィンッ!
ノエルがこれまで聞いたことのないような不快な音がした。
電子音とも金属音ともつかない耳障りな音は、誰かの悲鳴のようにすら聞こえた。
イライザの左胸に突き刺さった炎の槍はまだかろうじて燃えていた。
が、第2第3の魔石が発動したのか、その形はほぼ消えてしまっていた。
金属がぶつかったような耳障りな音の中から、イライラザのややくぐもった音声が鳴った。
「本体の損傷、程度中、回復を優先、否、兵士がおり退避は不可、ピー……ガガッ、攻撃、攻撃、相手戦力を破壊、侵攻を続ケル」
イライザの表情は変わらない。
痛覚も感情も無いイライザは、これまで無数の戦果を勝ち得てきた。イライザがすることは変わらなかった。
ただ、目の前の標的を倒すだけ――。
イライザの紅い両眼に光が集まった。
エネルギーが渦を巻くように集中する。
ラソを焼いた業火が今、放たれようとしていた。
イライザが口を開き、光が飛び出す瞬間、
「ファイア、改ッ!」
イライザの頭上から青い槍がもう一本飛んできた。
破裂音が鳴り、粉塵が舞う。
しかし、ノエルはあくまでも一生懸命に唱えていた。
彼――彼女――まあどちらでもいいが、とにかくノエルの頭にあったのは、
(何度も打ち続けて粘ってやる)
という一念だった。
だからこそ、ノエルは自分の思いに忠実に行動した。
すなわち、『ファイア改』を連発して打ち続けた。
「改、改、改、改! えい! ちがう、なんかしっぽが鋭い魚が出てきたぞ……なんだこれは」
エイもここで召還されるとは思っていなかったようで、ひれをひらめかせながら飛ばされていった。
青い槍を打ち込んだノエルはキリッとした顔で敵を見据えた。
煙にまぎれてよく見えないが――。
「あれ?」
砂煙の後ろには、何も無かった。
いや、よく見ると破片が落ちている。
イライザの一部だった何かの部品と、魔石と、金属の屑が落ちていた。
(これが……ロタゾの最強兵器なんだよな?)
ノエルは首を傾げた。
どうにも不可思議だ。
我ながら、技のキレが良すぎる。
(なんでだ? やっぱり、最近以前よりも力が高まってる気がする)
セルガムの虜となったノエルは、近頃では串焼きとセルガム酒に飽き足らず、セルガム・バーやセルガム入りのグレッド、焼きセルガム、セルガム入りの枕など、穀物を愛する生活をしていた。
実際のところ、セルガムがノエルに力を与えているのは明らかだった。
だが残念なことに、伯爵令嬢ノエル・ブリザーグは、魔力はピカイチでも、頭は体育会系のまんまであった……。
「筋トレの成果かな!?」
と、ノエルは力こぶを作ってしげしげと眺めた。
以前よりもうっすら筋力がついたような気がしないでもない。
「つーか、これで終わりなわけないよな」
終わりなのである。
しかし、当人のノエルだけが、ありもしない最終決戦に意欲を燃やしていた。
「おし、中ボス、ラスボス、かかってこいよ! 俺は散っても仲間がいる! ここは絶対通さねぇぞ」
腕まくりしたノエルは、ふんすと鼻息を荒くした。
建物は半壊し、背後からロタゾの兵の装束が見え隠れしている。
おそらくあの向こうに、中ボスないしは優秀な参謀、ボス的な存在が控えているのだろう――。
見当違いな見当をつけたノエルは、腕組みをしながら向こう側を不敵に睨み付けた。
「なんだ、この爆発は! イライザ様はっ……」
「大変だ、イライザ様が」
「……イライザ様がやられた」
まるでひしめく虫のようだ。
ノエルはイライザの破片ごしに、集団に視線を投げかけた。
「覚悟はいいな?」
にやり、と笑ったノエルと兵士の集団の間で、炙りエイヒレの香ばしい香りが漂った。
一瞬の間の後、阿鼻叫喚のような兵士たちの退却劇が始まった。




