ポリポリサクサク
「ロタゾの軍は確かに数が多い。せやけど、寄せ集めや。俺らみたいにロタゾに侵略された国は結局、貧しさからロタゾに帰属する。元々はロタゾも小さい国やった。それを革命家たちが押し上げて、軍事国家になったんや」
ティリオンがあごを撫でながら頷いた。
「中心にいるのが、アランという男だ。平民、というより下層民の出だったが、手先が器用で魔石を使って戦の道具を作り、どんどん地位をあげていった。今のロタゾは圧倒的にこのアランに力がある。そして、アランといつも一緒にいる女が厄介だ。イライザと言って、こ奴が軍の情報の全てを知っている。全知全能の女神と言われていて、味方からも怖れられているらしい」
ティリオンの右肩にとまった精霊のララが、青い光をぽうっと点している。
どうやら精霊の情報らしい。
ノエルは、
(LED電球みてぇ……)
と思いながら、会議室に用意されていた揚げセルガムの砂糖菓子をぽりぽりとかじった。
ヌガーのように棒状になった穀物菓子は、これはこれで美味しい。
緊迫した会議の中、リスのような音をさせ始めたノエルを、レインハルトが厳しく睨み付けたが、今更である。
(どうぞ、続けて)
と手でジェスチャーするノエルに呆れたのか、レインハルトは諦めて目を逸らした。
ポリポリポリ……。
微かに響く咀嚼音を背景に、真剣な顔をした男たちが額を付き合わせていた。
モルフェが眉を寄せる。
「アランとイライザ。ということは、そいつらをどうにかしなきゃいけないってことか」
「ああ。逆に言えば、このトップの二人をどうにかすれば、勝機が見えるってことや」
リーヴィンザールが長い足を組んだ。
「いいか。ここに作戦がある。聞いてくれ」
リーヴィンザールが語ったのは新たな作戦だった。
「おそらくロタゾは奇襲をとってくるやろう。アドゥガが滅ぼされたのも同じやり方やった。ラソもそうやったな」
ティリオンが苦々しげに頷いた。
「ロタゾの本隊が膠着状態と聞いていたのに、実際には身分を偽ったイライザが、元首ファロスリエン様に直接接触してきた。あんなことはありえない。できたとすれば、奇襲を前提に計画を立て、膨大な情報を元にファロスリエン様の位置を特定する……精霊でもいなければ無理だと思っていた。人間にそのようなことはできるわけがないと……全て我々の思い上がりだった」
リーヴィンザールが、過ぎたことや、と慰める。
「あいつらは本隊を進軍させてくるのと同時に奇襲をかけてくる。そうやって挟み撃ちにされて、国が獲られてきたんや」
レインハルトが控えめに、しかしはっきりと挙手をした。
「では、今回も同じだと」
「ああ。やから、奇襲部隊を叩く。本隊は獣人騎士団と兵士たちに頑張ってもらうとして、俺たちはロタゾの奇襲部隊を切り崩すんや」
「えっ? しかし、どこからどう攻めてくるかは……」
「分からんはずや。普通やったらな。やけど、俺らには占い師がついとる」
モルフェが臭い物をかいだ猫の顔になる。
「ハア? ここまで来て、占いに頼るのか? んだよそりゃァ」
「心配するな。モノの喩えや。俺のゼガルド時代の旧い友達なんやけどな。協力してもらってるんや」
レインハルトが言った。
「心外だ。この軍事機密とも言える話を、他人にしていたと」
リーヴィンザールは頭を下げた。
「お前らに言わんかったのは、正直悪かった。やけど、必ずこいつは俺を助けてくれんねん。信頼できるやつや。能力もある」
レインハルトは納得しなかった。
「いったいどこの誰なんだ」
ポリポリポリ……ノエルはセルガム・バーをもう一本手に取った。
(これは、まずいな……止まらないぞ……タルザールのセルガムは美味すぎる……何かヤバイ薬でも入ってるんじゃないのか……にしても美味い……駄目だ、これで終わり! この一本で最後! テーブルにはあと十本くらい残ってるけど! 俺は大人として手本を示す必要がある! この坊ちゃんたちの手本になる必要が)
「ノエル様! ちょっと静かにしてください!」
レインハルトが、クワッと形の良い唇を開いて、鋭く言った。
ポリ……ノエルは手を挙げて
(どうぞ続けてくれ)
と意思を示した。
リーヴィンザールは気にした様子もなく、静かな声で言った。
「ゼガルドの王子や。第一王子のヴェテル・ロ・クローヴィス。一応次のゼガルドの王さんやな」
ポリポリポリ……。
室内に控えめな咀嚼音だけが響き渡った。
一呼吸のち、レインハルトが我に返って叫んだ。
「は、はああぁぁ!? 王子ィ!? き、貴様、何してくれてるんだ!?」
貴様という単語に不穏なモノを感じたのか、扉の外の兵士がガタッと音を立てた。
「はっはっは。まあ、そう怒らんといてぇや。男前が台無しやで」
リーヴィンザールはいたずらが成功した子どものような顔をしている。
ティリオンはさすがに少し驚いたのか、目を見開いていたが、何も言わない。
モルフェにいたってはゼガルドの王族など燃やし尽くしたいですと言わんばかりの凶悪な表情をしている。黙っているのが逆に怖い。
ノエルはそんな皆を見ながら、セルガム・バーを食んでいた。
リーヴィンザールは噛みついてくるレインハルトと、どこか楽しそうに言葉を交わしていた。
「貴様、情報流出もほどほどにしろ! なぜ他国の権力の頂点にペラッペラ軍事機密を話すんだ!? 正気なのか!?」
「まあなあ、ヴェテルもいろいろあんねん。苦労人やねんで」
「村の世間話をしているのではないッ!」
「まあまあ、村も城も似たようなもんやんか」
「全く異なるッ! それに何か? そのゼガルドの第一王子とやらに我々の命運を預けるというのか? 世迷い言もたいがいにしてもらおう」
「でもなあ、これが一番生存率も、勝率もあがると思うねん。だって、ヴェテル、たぶんやけど、この大陸中でいっちゃん賢いんや」
「一番賢い人間ならばお前のような者とつるまないッ!」
「うわ、酷い言われようやわぁ……そんな『論破!』みたいな顔されてもオニイサン困ってしまうわ……あんなあ、俺もそこそこ頭は回る方やと思ってるけど、学生ん時からヴェテルにだけは勝てへんかった。一度もな。それに権力者でもないねん。あいつは第一王子やけど継承権がほぼ無い」
不機嫌さを露わにしたモルフェが舌打ちをした。
「マユツバもんの話だ。次の王はエリックとかいう生白い顔したうさんくせぇ奴だったろ。地下奴隷には嫌でも貴族共のクソの役にも立たねぇ噂話が耳に入ってきたぜ」
ポリポリポリポリ……ごっくん。
「あ、そいつ、第2王子。俺の婚約者だったやつ! 元」
と、ノエルはセルガム・バーの咀嚼の合間に付け足す。
一応、婚約までしていた身であるから、情報は開示しておかなければならない。
なんだかんだと、ゼガルド王国を追放されることになった原因だ。
今となってみれば、俺と自由に呼べるこの自由な生活をくれたエリックに感謝したいくらいだが。
ティリオンが少し目を見開いた。
長い睫毛が彫りの深い顔に僅かな陰を作る。
「ノエル殿」
「な、何だよティリオン」
「先ほどから気になっていたのだが、貴殿が食べられているのは何だ?」
「あ、これ? セルガム・バーだよ」
「なんと。穀物の」
「そうそうー! めっちゃ美味い! 一本どう?」
「頂こう。サクサクサク……ん、むむむ! これはっ」
「なー? うまいだろう」
レインハルトが爆発した。
「ノ・エ・ル・様!!」
従者からの特大の雷が落ち、ノエルはすくみあがった。
しかし、ティリオンは目をきらめかせながら、セルガム・バーの魅力を堪能し始める。
サクサクサクサク……。
「誰だ! 会議室にこんなものを置いたのは!」
と、レインハルトは烈火の如く怒り狂った。
「ま、まあ、きっと気の利くメイドさんがいたんだよ、あんま怒るなよ、レインも食う?」
「要りません。一本も要りません」
そんな中モルフェは首を傾げ、いぶかしげにリーヴィンザールを睨んでいた。




