モルフェの場合
「もう我慢がならねえ!」
と、モルフェは斜めにざく切りにされた前髪をそのままに、ノエルとリーヴィンザールが談笑している客間に、ぷんぷんしながら飛び込んだ。
目が血走って、黒い前髪は片側がやけに短い。
「おいノエル! あのバカ王子をどうにかしやがれ!」
「と言われても……え、モルフェ、その髪どうしたんだ?」
「どうもこうも無ぇよ! バカ王子の精霊だとかなんとかいう、金バエみてぇのがやりやがった」
「金バエ?」
「あいついつか燃やして」
ノエルはいぶかしげに首を傾げた。
「レインが精霊を使ってるのか?」
モルフェが吐き捨てるように言う。
「使うなんてもんじゃない。あいつのためなら何でもするような化け物だぞあれは」
ノエルの隣で椅子に座り、黙って成り行きを見守っていたリーヴィンザールが、おもむろに口を開いた。
「精霊は主を選ぶ。主無しに消えゆく精霊もおるが、力の強いものほど運命の主人を求める。レインハルトは精霊に選ばれたんやな」
モルフェは納得がいかないようだった。
「にしても、あんなのアリかよ? 勝手に動く剣なんてそんなもの、魔物でも何でもないだろ。化け物だ化け物」
ノエルは苦笑いを浮かべながら、モルフェの言葉に耳を傾けた。
「確かに、そんな精霊がいるとはなあ……でも、レインハルトが選ばれたってことは、それだけあいつが強いんだろ」
モルフェは未だに怒りが収まらない様子だった。短くなった前髪を指でつまんで見せる。
「これが強さの証か? 証明か? 冗談じゃねえ! あいつのせいで、俺の髪はこんな有様だ! 見ろ、もう少しで額どころか、生え際直撃じゃねぇか!」
リーヴィンザールは穏やかな口調で言葉を続けた。
「モルフェ、精霊は主を守りたいと願うもんや。レインハルトの精霊も、おそらく主人を守るために動いているだけや。もっとも、そのやり方がちょっと荒っぽいみたいやけどな」
ノエルは腕を組み、少し考え込んだ。
そして、思いついた顔をしてポンッと手を叩いた。
「モルフェも欲しいのか。精霊」
モルフェは吠えた。
「違ぇえええええええ! ちげぇよ! 話聞いてたか!? 俺は髪をこんな惨状にされたのにイラついてんだよ!」
「あー……ごめんごめん、分かったよ」
ノエルは何も分かっていない。
モルフェは全身の毛を逆立てる寸前だった。
モルフェは精霊に憧れているわけではない。
少し油断していたとはいえ、簡単に攻撃を許してしまった自分のふがいなさが情けなかった。
ノエルはフムフムと言いながら、モルフェの紅潮した頬を見た。
「あのな。精霊はエルフじゃないと使えないんだ」
と、ノエルが言う。
それくらい知っている。
「だからぁぁ! 俺は精霊なんざいらねぇって!」
「必殺技とか、欲しいんだろ?」
ノエルの紅い宝石のような瞳がきらりっと光った。
「必殺技……?」
モルフェはぼうっとしながらその言葉を噛みしめていた。




