数じゃない
ノエルは息を詰めたまま、ティリオンの言葉を飲み込んだ。
「八千……」
敵はおよそ八倍の戦力だと聞いて、その場にいる全員が息を詰めた。
「それに未知の兵器、か」
と、ノエルは低く呟いた。
ティリオンは腕を組み、難しい顔で思考を巡らせている。
彼の鋭い目は、瞬きもせずに空間の一点を見つめていた。
重苦しい沈黙が部屋を包み込んだ。
張り詰めた空気に亀裂を入れたのは、やはりリーヴィンザールだった。
(死線を潜ってきた人間たちは、やっぱり若くてもしっかりしてるなあ)
と、一度死んだことのある人間の側であるノエルは彼らを見守った。
「ティリオン、ロタゾの兵器ってどんなんか分かるか?」
リーヴィンザールが口を開き、ティリオンに問いかけた。
ティリオンは一瞬目を閉じ、再び精霊の青い光を凝視した。
「まだ正確には掴めていない。ただ、我々の知識を超えた技術か、魔法か……何か異質なものだということは確かだ。ルルもそれ以上は近づけなかった」
「異質な……」
リーヴィンザールの眉が微かに動き、その表情に僅かな苛立ちが見えた。
「まるで、お伽話の怪物のようやな。けど、ここに勇者はおらん。実際に戦わなあかんのは、俺たちと生身の人間たちや」
ノエルは肩をすくめ、レインハルトを見た。
「どうする? 八千の軍勢に対して、俺たちができることって……」
「単純に戦力だけ見れば、厳しいでしょうね」
レインハルトが厳しい表情を緩め、ノエルの目を見据えた。
ふむ、とノエルは首を傾げた。
前世の記憶をたぐり寄せる。
「なあ、たとえばさ。五人で四十人を相手にするってとき、大事なのはタイミングと作戦と……入念な準備だ」
美少女の肩まで伸びた紅い髪が、さらりと揺れた。
つやつやした唇から物騒な言葉が出るが、この場の男たちは誰も動じない。
「戦力だけを見れば、確かに劣勢だ。しかし、戦いってやつは数だけで決まるもんじゃねぇよ。いいか、ここに集った俺たちには覚悟がある。それに、レヴィアスやタルザールの民、獣人たちもいる。単一民族だった我々のために連携を深めれば、勝機は見出せるはずだ」
「そうやな、ノエルの言う通りや」
リーヴィンザールも頷き、ノエルに微笑みかけた。
「そもそも、今回はロタゾを皆殺しにするために戦うんやない。エルフたちが生き延びるため。良い未来を掴むために戦うんや。数の差なんて関係あらへん。やらんといかん。ロタゾは放っておけば、もっと周辺に手を伸ばしてくる。俺らも人ごとじゃないねん。いや、俺らじゃないとできん。レヴィアスとタルザール、ラソの三国が今こそ団結するときなんや」
感動的な言葉だった。
が、ノエルはリーヴィンザールの頭の中には、
(こいつ、魔石の公算があるな)
と思ってあまり感情移入できなかった。
しかし、レインハルトとモルフェは感じ入ったようだった。
真剣な瞳で頷く彼らを見てノエルは表情を緩めた。
(まあ、何だっていいさ。ティリオンには借りがある)
ノエルは胸の内に再び力が湧き上がるのを感じた。
これまで幾度も逆境に立たされ、そのたびに彼らと共に乗り越えてきた。
今度も、きっと同じだ。
「わかった。やろう」
レインハルトは力強く言った。
「俺たちのやり方で、この戦いを乗り越える」
リーヴィンザールが微笑み、肩に手を置いた。
「その意気や。共に戦おう、仲間よ! 慈悲も無いロタゾにこの大陸を渡すわけにはいかん」
モルフェが言った。
「明日にでも戦えるぜ」
リーヴィンザールは高らかに笑い、拳を握りしめた。
「よっしゃ! 俺たちの力を見せつける時がきたな。気合いは十分。やけど、ノエルが言ったように、念入りな準備が必要や。やるべきことは山積みやけど、まずは兵の士気を高めることやな。連合軍全員に、覚悟を決めさせなあかん」
その時、ティリオンが静かに口を開いた。
「まずは、我々の戦力を再編成する。そして、可能な限りロタゾの兵器の詳細を探る。それがこの戦の鍵となるだろう」
彼らは頷き合い、部屋を後にした。
複数の足音が廊下に響き、やがて静寂が戻る。
青い光を放つ精霊ルルが、再び淡く輝きながらティリオンの後を追った。
外には既に夕暮れが迫り、赤く染まった空が僅かに不安な影を落としていた。




