エリーとの別れ
「エリーは一緒にはいけないわ」
アイリーンはきっぱりと言う。
しかし、エリーは異を唱えた。
「いえ、お嬢様のご指名ともあれば……」
「エリー。それどころではないでしょう。あなた、あたくしが気付いていないとでも?」
アイリーンはエリーの腹を見ながら鋭く言った。
エリーは一瞬息をつめて、
「……はい、申し訳ありません」
と、諦めたように言った。
「奥様には敵いませんね」
ノエルは訳が分からなかった。
「えっ? どういうこと? 何? えっ?」
「あのね。エリーは妊娠中なのよ」
「えっ!?」
「身重の体で旅になんて出せないわ」
ノエルはショックを受けていた。
エリーは独身だったはずだ。
「あ、あの……エリー、相手は……」
エリーは少し青ざめた顔で言った。
「ご報告が遅くなって申し訳ありません」
ノエルは枕元に立つ、美丈夫を見やった。
レインハルトが涼しい顔で佇んでいる。
「ま、まさかッ」
ノエルは叫んだ。
(若者と若者が一つ屋根の下!? そんなドラマがあったな!? え、嫌だ、なんか生々しい)
まさか、と勘ぐりだしたノエルは、口元に手を当てた。
何となく、色々とショックだ。
「何を考えているんですか。違いますよ」
レインハルトは凍てつくような軽蔑の目でノエルを見た。
「ノエルお嬢様と四六時中一緒にいる俺に、女を妊娠させる暇があるとでも?」
「言い方……」
ノエルは小声で言った。
レインハルトは、ばかばかしいとでもいうように、フンと鼻を鳴らした。
エリーは素直に白状した。
「相手はコーニッシュ家のルドルフ様です」
「あいつか!」
と、コランドが膝を打った。
「ついこの間成人したばかりじゃないか……いやはや、あのわんぱく坊主がねぇ……」
以前からの知り合いらしい。
エリーが咳払いをして補足した。
「シーラ様の次男様です。小さな頃からよくして頂いていたんですが……その、申し訳ありません……」
屋敷に勤めるメイドが、主人や使用人の『お手つき』となり、身ごもることは時折ある。
が、エリーがそんな小さなスキャンダルの種の本人になるとは思ってもみなかった。
普通ならば職を退くと同時に結婚して、それから出産と育児だ。
妊娠した状態で働くなんて――。
前代未聞だ。
口火を切ったのはレインハルトだった。
「どうして謝るんだ? 子どもが産まれるのは尊い」
純粋に疑問に感じているのをそのまま口にした、という感じだった。
ノエルはレインハルトの、こういうところがいいなあと思う。
きちんと二十二歳で、成人なのに、たまにものすごく純粋な子どものようなことを言う。
アイリーンが言った。
「その様子だと、ルドルフは知らないのね」
エリーは素直に認めて頷いた。
アイリーンは女主人らしく、はっきり言った。
「でもね、エリー。いつまでも黙っているわけにはいかないわ。ルドルフにきちんと話しなさいな。お仕事が好きな貴方の気持ちは理解してるつもりよ。無理のないように働きなさい。子どもが産まれて落ち着いたら、戻ってきてもいいわ」
「奥様!」
「ただ、ルドルフは筋を通すべきね。まあ、あたくしがやる前にシーラがルドルフを骨と皮だけにしてるかもしれないけど」
うふふふ、とアイリーンは笑ったが、目は笑っていなかった。
コランドは遠い目をして窓の外を見ている。
これまでの学習経験上、こういう状態の妻を刺激しないよう努めているのだった。
「さ。エリーのことはまた後で話すとして……今は、ノエルのことね」
「あ、ああ。そうだな」
妻にうながされてコランドは再起動した。
「あなた……もう、いいんじゃないかしら」
妻の声に、コランドが頷く。
この十五年。
子守はほとんど全てをエリーに任せきりになっていたコランドが、父親の目をして言った。
「封印をとこう」
ノエルは首を傾げた。
「え、封印って、お父様、……何の?」
「お前は攻撃魔法だけがずっと弱かっただろう。それは生まれつきではない。私たちが封じたんだ。その封印を解く」
ノエルはふと思い出した。
自分の背中に痣があったことを。
天使の羽のような、小さな痣がーー。




