からくり部屋
ノエルたちはリーヴィンザールの案内に従って、地下通路を抜けた。
石の扉を押し開けると、目映い昼間の光と共に、人々の喧噪が耳に入ってきた。
「ここは……商店街?」
「ああ。城下の街や。ノエルたちが歩き回ってた広場は向こうの方。ここは俺の秘密基地――酒屋や」
ノエルは唾を飲み込んだ。
(酒屋……! なんてわくわくする響きなんだ……)
目の前には石造りの小屋があり、たいして他の建物の並びと遜色ない。
こちらは裏口のようだ。
リーヴィンザールが手招きし、四人は店へ入った。
木造のドアを一枚挟んで、表では人々が談笑している声が聞こえる。
「向こうは酒屋で、雇ってるもんが商売してる。なるべく静かにな……」
リーヴィンザールは勝手知ったる様子で、表へ向かう扉ではなく、店の内部へ続く廊下を歩き、樽の積まれた物置を指さした。
「ここや」
ティリオンが大まじめに言った。
「樽に入るのか? 俺は大柄だからその樽には下半身まで収まらないと思うが」
それはそれで楽しそうだ、とノエルは思った。
酒の匂いを嗅ぎながら戦闘するのも、場合によってはオツなものかもしれない。
「そうそう、防御力が高くなる……ってアホか。そんなわけないやろ。用事があるのはこ・の・う・し・ろ!」
リーヴィンザールはぷりぷりしながら指を差した。
樽の上には、穀物畑の穂を拾って祈りを捧げている農夫の絵が飾られている。
確かに、こんな場所には不似合いな、丁寧な筆致の絵だ。
レインハルトが目の色を変えた。
「こ、これは……モレー!? モレーの『ソルガム拾い』!? 模写か? 模写のはずだ、こんな場所にあったらおかしい、でも、……いや、ちょっと待ってくれ、この筆致はやはり」
リーヴィンザールは真贋には触れず、クフッと笑った。
「さて、ご開帳や。これはタルザールのトップシークレットやから、表に出てへん。勿論、自分らが他の人にこのこと喋ったら斬首せんとあかんくなるから、秘密にしとってな~」
さらっと怖いことを言って、リーヴィンザールは笑顔を見せた。
リーヴィンザールが取り出した魔石を絵の入っている額縁に押し当てると、重厚な音とともに額縁のかかっている壁に、人一人が通れるくらいの穴が開いた。
「さ、暗いから足下気を付けてな」
「また地下に潜るのかよ!? お前はモグラか?」
と、モルフェがぼやいた。
闘技奴隷だったモルフェは地下に良い記憶がないのだ。
「ほな、モグラさんの地下室へようこそ~」
飄々としたリーヴィンザールは、何も気にした様子もなく、手招きした。
石造りの階段を降りると、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
周囲の温度が一気に下がるのを感じる。
暗闇を切り裂くように、ランタンの明かりが揺らめき、通路の両側に並ぶ古びた石壁をかすかに照らし出していた。あれは魔石を使った特別なランタンだ……。
「この通路は、ずいぶんと古いな」
と、ティリオンが言った。
「ああ。昔の、古代の先住民が使ってたらしい。もうみんないなくなってしまって、ここも埋め立てられるはずやったんだけど、俺は気に入ってなあ。残しといたんや」
リーヴィンザールの声が反響する。
ノエルたちは、ただ黙々と先へ進んだ。
通路は狭く、天井も低い。
ノエルたちは慎重に頭を下げながら歩かなければならなかった。
足元には長年の月日をかけて蓄積された土や小石があり、足音が微かにこだまする。壁には湿気が染み込み、カビが生えている箇所も多かったが、その中にまじりあうようにして、古代の呪文のような奇妙な模様が彫り込まれているのが見えた。
おそらくいなくなってしまった先住民と関係があるのだろう。
通路は幾度となく曲がりくねり、迷路のように続いていた。
時折、風が通り抜ける音がどこからともなく響き渡り、何者かがすぐ近くに潜んでいるのではないかとノエルは身をこわばらせた。
やがて、通路の先に簡素な木製の扉が現れた。リーヴが前に出て慎重にその扉に手をかけると、扉は思いのほか軽く開いた。
暗闇の先に広がるのは、さらに狭く暗い空間だ。
だが、その闇を抜けた瞬間、ノエルたちは息を呑んだ。
そこには、これまで歩いてきた道とは全く異なる世界が広がっていた。
目の前に広がる豪華な部屋は、外界とは完全に切り離された異空間だった。
壁には高価な布が垂れ、床には厚手のカーペットが敷かれていた。
何の織物なのか、足音が吸い込まれていく。
天井には、まるで夜空を再現したかのように無数の星々が輝いている。
中央には黄色みがかったあたたかな光をこぼす大きな丸いライトが埋め込まれていて、あたかも宇宙の中の大きな星のようだった。
「すげぇ……」
と、思わずノエルは呟いた。
リーヴは満足そうに皆の反応を見ると、部屋の中央にある巨大な機械に近づいた。リーヴィンザールの胸元には魔石のついたネックレスがかかっており、彼はネックレスごと石を機械に埋め込んで操作し始めた。
「初めてのお客様やからなあ。テーブル出すのも一苦労やわ。どこやったかな……これか? これかな?」
部屋の中には不思議なからくりが至る所に配置されていた。
天井からは、複雑な歯車が組み合わさった巨大な時計仕掛けが吊り下げられ、静かに動いている。時計の針が回るたびに、周囲のからくりが連動して動き、壁に設置された精密な計測器が小さく点滅していた。
部屋の中心には、幾何学模様が浮かび上がる魔法陣が描かれたテーブルがあり、その上にはキャンディー売り場のように小さな魔石が並んでおり、古代の書物が雑多に積み重ねられていた。
大小様々な瓶やフラスコが所狭しと並んでいるのは、実験室のようだ。
いくつかのフラスコには鮮やかな色の液体が波打ち、何かの実験が進行中であることを示している。作業台の隣には、異国風の彫刻が施された大きな本棚があり、その中には魔法に関する古代の文献がぎっしり詰まっている。
歯車の静かな音、時折響く機械仕掛けの軋む音、そして魔石が発する低い振動音が絶えず部屋を振動させた。
床の一部が変形し、部屋の中央の機械の傍に、長いテーブルが出現した。
「まるで魔法みたいだ」
とノエルが言うと、リーヴィンザールは満足そうに笑った。
「さあ、魔鼠退治も終わったことやし、反省会といこうや」




