ネズミ退治4
ノエルは火球を、リーヴィンザールと巨大な魔鼠の間に向かって放った。
リーヴィンザールは身を引いて、通路の奥の様子を見守っている。
「まだまだあ……!」
ノエルは放った火球への意識を手放していなかった。
線のついたままの花火のように、じりじりと魔力を加えていく。
「ファイア・バーンッ!」
ノエルが叫ぶと、特大の火球が爆発した。
周囲一帯を炎の渦に巻き込んだ。
巨大な魔鼠はその中で一瞬にして燃え上がり、断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちた。
詠唱も、具体的なイメージを決めるのには役に立つ。
炎が収まった後、地下迷宮には再び静けさが訪れた。
肉が焼けた匂いが鼻をつき、ノエルとリーヴィンザールはその場に立ち尽くした。
「や、やったのか?」
ノエルが慎重に近づきながら言う。
リーヴィンザールは骸を見つめ、頷いた。
「ああ、確かに倒した。見事やったな、ノエル」
ノエルはホッとした表情を浮かべると、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「ふぅ……なんとかやり遂げたな。ところでノエル」
「ふう……ん?」
「さっきの、ファイヤ・バーンっていうのは自分で考えたのか」
「あ、ああ……とっさに」
「威力もすごかったけれど発想がいいな。バーンというのは古代語で『燃える』ということだろう。ノエルのセンスには恐れ入る」
「いやあ……」
頭をかきながら、ノエルは言いだせずにいた。
由来は、古代語でも何でもなく、登場する音としての『バーンッ!』という効果音である。
(ジャーンにしなくてよかった……)
リーヴィンザールはノエルの隣に腰を下ろした。
二人はしばらく無言でその場に座っていた。戦いの疲れが一気に押し寄せてくる。
ノエルはゆっくりと立ち上がり、懐からティリオンが渡してくれた回復薬を取り出した。
葉っぱの良い匂いがする。
「これ、使ったほうがいいな。イヤだけど……お互いボロボロだし」
二人は葉を開き、薬を飲んだ。
それぞれの体に力が戻る。
苦い味が口の中に広がったが、それが徐々に癒しの感覚へと変わっていく。
「苦いけど、効くな」
ノエルが微笑みながら言った。
「さすがエルフの薬やな。これで少しは元気が出た」
リーヴィンザールも同意した。
二人は再び進み始めた。地下迷宮の奥深く、さらに暗い通路を慎重に進んでいく。やがて、遠くからかすかな戦闘音が聞こえてきた。
「ティリオンたちだ!」
ノエルが耳を澄ませながら叫んだ。
「急ぐで」
リーヴィンザールが先頭に立ち、二人は戦闘音のする方へと全速力で駆け出した。
戦闘音が大きくなるにつれ、通路はますます狭く、複雑になっていった。
それでも、音を頼りに進むうちに、ついにティリオンたちの姿を発見した。
ティリオン、レインハルト、そしてモルフェは三方から迫る魔鼠の大群と激しく戦っていた。
彼らは力を合わせ、互いに背中を守りながら巧みに戦っていたが、敵の数があまりにも多く、次第に押され始めていた。
「くそ、倒しても倒しても湧いてくる」
「ティリオン!」
ノエルが叫び、援護射撃として魔法を放った。
炎がネズミの群れに飛んでいく。
ドン、と音がして、敵が弾け飛んだ。
突然の助けに、ティリオンたちは驚きながらもすぐに状況を理解した。
「ノエルたちか!」
ティリオンが感謝の声を上げた。
「まだ終わってへん。ここからや」
リーヴィンザールが叫び、二人はすぐに戦闘に加わった。
ノエルの強力な魔法とリーヴィンザールの剣技が加わったことで、戦況は一気に逆転した。
モルフェの強力な一撃が次々と敵を吹き飛ばし、レインハルトは冷静に状況を見極め、戦略的な指示を出し続けた。
ティリオンはその中心で、仲間たちの回復を行いながら敵を打ち倒していく。
「このまま押し切れ!」
レインハルトが指示を飛ばす。
五人の連携は次第に完璧なものとなり、魔鼠の大群はその圧倒的な力の前に次々と倒れていった。
やがて、最後の一匹がティリオンの剣によって倒され、迷宮に再び静寂が訪れた。
「皆、無事か?」
ティリオンが辺りを見回しながら言った。
「ネズミどもよりは元気だ。あー、昔の嫌な記憶が蘇りそうになったが……」
モルフェが言い、レインハルトも軽く頷いた。
以前の聖堂での無限ネズミ捕り体験は、モルフェたちの心には影を落としていたらしい。
ノエルは額の汗を拭いながら、リーヴィンザールに視線を向けた。
「だいたいこれで全部か?」
リーヴィンザールは微笑みながら頷いた。
「ああ、たぶん、これで全部……」
レインハルトが険しい表情で奥の方を見据えた。
「そうだな、ここまで来たら引き返すわけにはいかない」
ティリオンが同意し、弓を持った。
五人は再び整列して前進を開始した。
迷宮の奥に進むにつれ、空気はますます重くなり、異様な雰囲気が漂い始めた。
やがて、彼らは一つの大きな扉の前にたどり着いた。その扉は不気味な模様で覆われ、まるで生き物のように脈打っているかのようだった。
「これは……何か封じられているのか?」
ノエルがつぶやいた。
「おそらく、この扉の向こうに何かがいる。これが最後の戦いだろう」
リーヴィンザールが剣を構えた。
「準備はいいか? 皆」
ティリオンが仲間たちに確認を取る。
「万端だ」
レインハルトが剣を抜いた。
「いつでもいける」
モルフェが力強く答えた。
「よし! 今度こそネズミどもを焼き尽くす! うまいエールのためにも!」
ノエルは自信を持って言った。
脳裏に穀物畑が広がる。
タルザール産の醸造エールのためには、この魔鼠を一掃しなければならない。
ティリオンが最後に頷き、ゆっくりと扉を押し開けた。
扉の向こうに広がっていたのは、巨大な地下空間だった。
中央には、異様に大きな魔法陣が描かれており、その上に一匹の巨大な存在が立っていた。
それはまるで、魔鼠の王とも言えるべき存在であり、その全身から黒いオーラが立ち昇っていた。
「これが……最後の敵か」
ティリオンが低く呟いた。
「全力で行くぞ」
リーヴィンザールが冷静に言い、五人は一斉に構えを取った。
魔鼠の王は彼らの存在に気づくと、ゆっくりとその巨大な身体を動かし、赤い目で彼らを見下ろした。その瞳には、明らかな敵意と怒りが込められていた。
「キイイ!!」
王の貫禄だろうか。
鼠というより、魔物と言ったほうが近い。
それは、明らかな攻撃性をもってノエルたちを睨み、飛びかかってきた。
「行くぞ、皆!」
ティリオンが叫び、五人は一斉に攻撃を開始した。
ノエルは火の魔法を放ち、リーヴィンザールはその隙を突いて斬撃を加える。
モルフェは重い一撃を叩き込み、レインハルトは冷静に敵の動きを観察しながら指示を出した。
ティリオンはその中心で仲間たちのサポートを続ける。
だが、魔鼠の王は簡単には倒れなかった。その巨大な爪と鋭い牙が彼らに襲いかかる。
「今だ、ノエル! 最後の一撃を!」
ティリオンが叫んだ。
ノエルは全力で魔力を集中させた。これまでにないほど強大な炎が手のひらに集まり、それが一つの巨大な火柱となった。
「これで終わりだ! 超新星ファイア!」
ノエルが叫び、その炎を魔鼠の王に向かって放った。
炎は魔鼠の王に直撃し、その全身を包み込んだ。
魔鼠の王は断末魔の叫びを上げながら、その巨体が炎に焼かれ、やがて完全に消滅した。
地下空間に静寂が戻り、炎の残り火がゆっくりと消えていく。
五人はその場に立ち尽くし、しばらく言葉を失った。
「……終わりか?」
ノエルが静かに言った。
「ああ、間違いない。これで全部だ。精霊が告げている」
ティリオンが疲れた表情で答えた。
「よっしゃあぁ!」
これで、タルザールの穀物畑の平和は守られた。
「感謝するわ。これでようやく、脅威は去った」
リーヴィンザールが深い息をつきながら言った。
レインハルトは疲労を滲ませながら言った。
「ノエル様、あの魔法のネーミングは……」
「んっ」
ノエルはぎくりと表情を強張らせた。
「超新星?」
「あっあっあれはノリで言っただけで……! いや、なんかさ、ファイヤっていうより、イメージがまとまるって発見したんだよ」
「いいんですけど、もう少し……その、大声で言うのでしたら、言葉をお選びになってもいいかなと」
モルフェがやってきて、ノエルの肩をポンとたたいた。
「おい、ノエル! やったな! でもあの魔法の詠唱、クソダセェな! お前らしいぜ」
「……ひらたいファイア!」
ノエルの手から手裏剣のように炎の刃が飛んでいき、モルフェの腕をかすった。
「うおおお!?」
驚くモルフェの隣で、レインハルトはため息をついた。




