ネズミ退治
ノエル、レインハルト、モルフェ、ティリオン、そしてリーヴィンザールの五人は、タルザールの庭園に集まっていた。
リーヴィンザールは軽装で、庭園の奥の扉に皆を案内し、にっかりと笑った。
「よし、鍵は開いたな、と……ここから地下道に繋がっとる」
「地下道の先はどうなってるんだ?」
モルフェが暗い地下への階段をのぞき込みながら言った。
「俺の酒屋に繋がっとる」
と、リーヴィンザールが言った。
「さて、魔鼠はどこにいるんだ!?」
ノエルは気合いいっぱいに、右足を踏み出した。
「少し待って下さい」
と、レインハルトが進もうとするノエルの両肩を後ろから留めた。
「なんだよぉ」
「まずは情報収集ですよ。魔鼠の巣の場所や、どのくらいの数がいるのかとか、詳細を把握する必要があります」
とレインハルトが提案した。
階段のほこりっぽい空気を入れ換えながら、リーヴィンザールが言った。
「でもなあ、魔鼠は魔法を使ってくる厄介な敵やねん。普通の人間やと、全体を把握するんは難しいかもしれへんなあ」
ティリオンが前に進み出た。
「それなら、我々エルフの精霊たちの力を借りよう。精霊は魔法に敏感だから、魔鼠の動きを察知することができる」
「それは頼もしい」
とリーヴィンザールが頷いた。
「では、ティリオン、頼む」
ティリオンは静かに入り口に立った。
目を閉じ、心を澄ませて精霊たちとの交信に集中する。
周囲の混乱をものともせず、深く息を吸い込んだ。
そして、胸の奥底から力強い声で叫ぶ。
「精霊ルルよ、我が声に応え、この地に舞い降りよ!」
その瞬間、ティリオンの手に向かって、風が吹き込んだように見えた。
次第に風は激しさを増し、手の中から青い光が溢れでる。
「ルル、魔鼠がどこにいるかを教えてくれ」
すると、地下に続く階段に青い光が飛び込んで行った。
「よし。これで精霊が先に地下を探索する。精霊の声が聞こえるのはエルフだけなのだ。戻ってきたルルの言葉を俺が通訳しよう」
「さすがだ、ティリオン」
とノエルは微笑みながら言った。
後ろでレインハルトが変な顔をしている。
それは微妙な表情の違いだったが、ノエルはめざとく気が付いた。
「どうした? レイン」
「ああ……いや……疲れてるのでしょうか……なんだか幻聴が聞こえて」
「耳鳴りか? 大丈夫か?」
「いえ……はい、平気です」
「エルフの力ってすげー」
と、モルフェがどこかのゲームで聞いたことのあるような、素直な感想を漏らした。
ティリオンは僅かに微笑んで言った。
「さあ、共に戦おうぞ。我々の絆と力で、魔鼠とやらを一網打尽にするぞ」
その言葉に皆が頷いた。
リーヴィンザールが魔石で明るくしたカンテラを持って地下道を歩く。
ノエルとモルフェは魔石の代わりに魔法で光を点した。
「ほな、いこか」
というリーヴのカンテラの中に紅く光る魔石を見て、ノエルはじんわりと嫌な予感がした。
「なあ、あのさ、リーヴさ……その、魔石なんだけど」
「おん?」
「あの、ルーナ……俺たちの仲間から、『紅い魔石は人間の生命エネルギーで動く』って聞いたんだけど……あの」
「ああ、そんなことか」
リーヴィンザールが笑うので、ノエルもつられて笑顔になった。
「そうや。というか、言ってなかったか? 紅い魔石は人間の寿命削って動くんやんで」
「わあああああ! ダメ! ダメ! こんなので命を安売りするなッ」
じたばたするノエルの頭に、リーヴィンザールはポンッと手を置いた。
「あのなあ、寿命っていうのは要するに、体力や」
「へ?」
「ライフポイント、みたいなことや。俺らは魔道具作りが得意な国民やったって言ったやろ? もちろん、紅い魔石が人の体力を奪う、使いすぎたら死んでしまうことも織り込み済や。やから、回復可能な量に留めてるねん」
「ほあ〜……そうなのか」
「無理な出力なんてしたらほんまに死んでまう。でも、ちょっと灯りをつけるくらいは、まあ、その辺の山に登山してるくらいのもんで、一晩寝れば回復する。メリットとデメリット天秤にかけて、計算してつこうとるから心配いらんで」
ノエルはあからさまにほっとした。
こんな、魔鼠退治の前に、カンテラで寿命を縮めるなんてイヤ過ぎる。
「この紅い魔石の仕組みを教えてくれたやつがいてな……俺の悪友や」
リーヴィンザールは昔を懐かしむように、歯を見せて笑った。
(こうしてみると、魔力持ちってなんつーか、便利なんだなあ)
ノエルは手を握りしめてまた開いた。
生まれついて、これが普通だと思っていたから気付かなかった。
やはり、ゼガルドに閉じこもっていては分からなかったことが、最近はいろいろと見えてくるようになった。
精霊のルルが帰ってきて、ティリオンの右手の中に飛び込んだ。
「ありがとう、ルル」
ティリオンはためらわずに光をわしっと掴むと、尻のポケットに入れた。
ノエルが尋ねた。
「なあなあ、精霊、なんて?」
「この先に、魔鼠の巣があるようです。その数、数十匹、いや、数百匹かもしれぬと」
「うわああ……」
背筋がぞわぞわする。
数百匹の魔法が使えるネズミなんて、へたすればこの地下道が壊れてしまうのではないだろうか。
「ん?」
またレインハルトが変な顔をしている。
「どうしたんだ、レイン」
「それが、あの青い光から声が聞こえるんです。おかしいな」
「レインにも精霊の声が聞こえるってことか!?」
「どうやら、そうみたいですね……」
「ってことはさ、お前、エルフじゃん?」
「エルフ!?」
ノエルとレインハルトは顔を見合わせた。
なんとなく不思議な感じだ。
「でも、俺は耳も短いし、髪は金色です。目は青いし」
「ハーフエルフってことか?」
「うーん……どうなんでしょう。何かの間違いではないでしょうか? とにかく、それでですね、あの光が」
「そうだ、何と言っていたんだ」
「えー……言いにくいのですが」
レインハルトは目を泳がせたが、最終的にはノエルの圧力に屈した。
「えー……要約すると『ティリオンの尻が柔らかい』と……喜んでいますね……」
「ええええええぇぇ」
幻滅はなはだしい。
「だから尻に止まってるのか? というか精霊ってそんなに俗っぽくていいのか?」
「さあ……」
そのとき、傍観していたモルフェがやってきた。
「おい、このまま一筋縄ではいかないだろ。地下の構造が分からねぇなら進みようがない」
確かに、地下の構造を理解しないまま突入するのは危険だ。
どこに敵が潜んでいるか分からない。
「まあ、聞いてや」
リーヴィンザールは懐から古い地図を引っ張り出した。
茶色く、端の方が劣化しているが、何者かの手書きのようだ。
その地図によれば、地下は迷宮のように入り組んでおり、最奥に到達するには複数のルートが存在することがわかった。
リーヴィンザールがのんびりと言った。
「最も安全で、効率的な道を選ぶ必要があるなあ」




