魔鼠(まそ)駆除修行
歓迎の宴の翌日であった。
早速一堂に会した面々は、タルザールの城内で額を付き合わせていた。
レヴィアス側の、ノエル、レインハルト、モルフェの三人。
中立国ラソのティリオン。
そして、タルザールの指導者であるリーヴィンザールだ。
御者のジンは細々したものを買いに城下へ出てくれた。
器用で様々なことに気が付く男だ。
「ほな、手始めにやることなんやけどな」
リーヴィンザールが切り出した。
「まず状況の整理やな。ええと、昨日の話やと……突然ロタゾがラソに攻め入って、元首のファロスリエン様を攫っていったと。んで、降伏して、ロタゾがラソを占拠してるっちゅうことやな。あってる? ティリオンさん」
「ああ」
ティリオンは彫像のような顔で頷いた。
少し影はあるものの、瞳に生気が戻っている。
ノエルは少し安堵した。
昨日も、酒が飲めないからといって蜂蜜水を飲んでいたティリオンは、なぜかそれだけで酔っ払ってしまい、結局脱ぎ出すというどんちゃんさわぎだった。
今朝はしれっと酔いも残さず会議に参加しているあたり、さすがエルフというべきなのだろうか。
リーヴィンザールが言った。
「ロタゾは……どうも不気味や。人間業じゃない。情報が……なんというか、全てにおいて先を読まれてる感じがするんや。もう少し調査を続けるべきやと思う。まだ、敵の兵力も、目的も、何も分かってない状況や。それと同時に、俺ら側の力の総力も未知数。兵を増強するべきやし、俺ら個人がどう動くかが大事やと思う」
ノエルは頷いた。
「その通りだ。敵を知り、己を知る。正しい状況を知るってのが一番だよな。戦術やら作戦やらはその後だな」
「そのことなのだが」
ティリオンが口を開いた。
「実は我々の手の者を何人かスパイとして放っている。数日のうちに情報を集めてやってくるはずだ」
モルフェが円卓に頬杖をつきながら言った。
「だけど、どうやって場所を伝えるんだ?」
「それは心配ない。我々エルフというのは、皆、精霊に守護されている。精霊たちはどこにいても互いの場所を感じ取ることができるのだ。精霊の声を聴き、糸を辿るようにして、私を追ってくるだろう」
「へえ。便利だな」
とモルフェは感心した。
(まるでGPS機能つきのケータイみてーだな……)
と、ノエルは思った。
リーヴィンザールが笑い声をたてた。
「はは、さすがエルフ。諜報力の高さは折り紙付きと聞いとる。心配はないやろーけど、一応、俺らのところの諜報隊も周りの国に行かせたで。ロタゾ、ラソ、レヴィアス、オリテ、ゼガルド……集まってきた情報をつなぎ合わせたら、きっと一枚の絵ができる気がするんや」
レインハルトが挙手をした。
「諜報の皆さんが戻ってくるまでの間なのですが、提案があります」
「ほう?」
「まず、我々は互いの力も知らない状況です。どうでしょう、ここで一度、互いの実力というのを見極めては。今後の作戦の立案にも一役買うでしょう」
「なるほど」
と、ティリオンが言った。
リーヴィンザールが膝を叩いた。
「ああ、そうや! それやったらちょうどいい。実は今年、鼠が大発生して困ってるんや」
「ネズミィ?」
モルフェが目を見開いた。
レインハルトが嫌そうな顔をしている。
(あっ……こいつら、プルミエに会いに聖堂に行ったとき、害虫駆除だの、ネズミとりだので、ただ働きさせられてたもんな)
と、ノエルは察した。
(心の傷みたいのになってたらかわいそうかなあ……)
「いや、まあ、その、簡単な手合わせくらいでいいんじゃないのか? なにも害獣を倒さなくても……」
リーヴィンザールが困り顔で言った。
「魔石でネズミ捕りも作ってみたんや。普通のはほぼほぼ駆除も終わった。スムーズやったわ。でもな、魔鼠が厄介やねん。あいつらって魔物になってしまったネズミみたいなもんやねんけど、魔法も使って攻撃してくる上に、なかなかひっかからん。穀物畑も荒らしてしもて」
「ま、まさか」
ノエルは、リーヴィンザールが『穀物』から酒を造っていたことを思い出した。当該作物が魔鼠のせいでおじゃんになってしまったとしたら、今年のエールの醸造分は……。
ノエルは腹から声を出した。
「おい、こうしちゃいられねぇ! 全力でコトに当たるぞ!」
それはあたかも、旗を持ち立ち上がった聖女のようだった。
ノエルが持てるものといえば国旗ではなく、せいぜい朝ご飯の棒ドーナツくらいである。
だが、その瞳は決意に満ちていた。
リーヴィンザールは揉み手をしていた。
「いやー、助かるわ。大発生してんねん。ほら、異常気象て怖いなぁ。ほら、あんまり国民に無茶もさせられへんし」
「腕試しってわけだな」
と、武闘派のモルフェは機嫌よく頷く。
ということで、昼からの魔鼠退治が潔く決定したのだった。




