タルザールの城
ノエルたちは、タルザールの城内に案内された。
商人の天国というのは伊達ではなく、財政の潤った新興国家の象徴として、城は壮大かつ威厳を放つ姿で佇んでいた。
白い大理石で造られた壁が、灼熱の太陽の下で輝いているのが、オリテ産のモラビア硝子の格子窓からよく見える。
城門には精巧な彫刻が施されて、金色の装飾がきらきらと輝いていた。
天井の高い広間には豪華なシャンデリアが吊るされ、床には美しい東方の国の絨毯が敷かれている。
その中でもひときわ豪華な装飾が施された部屋へ、ノエルたちは案内された。
以前、逗留したことがあるから分かる。
ここは謁見の間。
つまり、リーヴィンザールが公務をする場所だ。
壺や珍しい織物の間に、絵画や香辛料、宝石などが並べられている。
まさに栄華を誇る、権力者といった風情である。
彼は剥いたオランジュを片手でかじっていた。
白いだぶついた薄布を巻いている姿は、石油王のような貫禄がある。
ひじかけに肘をついて、気怠げに玉座に腰掛けている。
リーヴィンザールはノエルたちに気付くと、オランジュを皿に置いた。
小間使いがすぐに皿を下げて退出する。
リーヴィンザールは紺碧の瞳を揺らめかせ、感情の見えない冷静な表情でノエルたちを出迎えた。
「案内して参りました」
と、臣下が言うと、リーヴィンザールは仰いでいた大きな扇子を玉座の傍の机に置き、
「ご苦労。下がっていい」
と指示をした。
(別人みてぇだな)
ノエルは感心しながらリーヴィンザールを見た。
こうして見ると、威風堂々としていて、為政者たる器というのが頷ける。
酒屋の気の良い兄ちゃんのようだったリーヴィンザールは夢か幻だったのかもしれない。
以前、世話になったときと違うのは、ラソの国のティリオンがいることだ。
しかし、それを避けては通れない。
レインハルトとモルフェ、そしてジンは俯いて、主であるノエルの言葉を待っている。
ノエルは意を決して口を開いた。
「……お邪魔します」
リーヴィンザールはすげなく言った。
「邪魔すんやったら帰って」
「はーい、お邪魔しましたー……って違う! おいおいおい、つれないこというなよぉ」
「聞いてんで。荷馬車いっぱいのオランジュがすぐに売り切れたとか」
「あ、ああ。まあ、その、人海戦術で……」
「ふうん。で? そこのダンディなおじさまが? 俺らの打診を断ったラソのお偉いさん? 亡命しに来はったんかな?」
冷たい声音はまさに独裁者の冷徹なものだった。
普通ならギクリと背筋を凍り付かせ、平伏するのだろう。
しかし、短いながらも世話になり、共にいたノエルにはリーヴィンザールの本心が理解できていた。
すなわち、
(あー……拗ねてんな……これは……)
ということである。
冷徹な独裁者の顔の裏に、ぼんやりとほっぺを膨らませた幻が見える。
(貿易してくれなかったのに! 今更! ぷん! ってな感じだろうなー……リーヴ、若いっつーか、賢いのに子どもみたいなとこあるもんな……)
ノエルは生暖かい目で成り行きを見守ることにした。
真面目なティリオンは深く息をつき、顔を曇らせた。
「その説は申し訳なかった。あれが、我らの総意だったのだ」
「エルフってのはずいぶん都合がいいんやな?」
「貴殿には無礼を働いたことを詫びるしかない」
「誠意を見せて欲しいなあ」
「というと」
「魔石を渡して欲しい」
「それは」
リーヴィンザールは声に力を入れた。
「エルフたちは知っているのか? ラソにある魔石は人間にとっては宝や。魔力があふれているあんた方にはわからへんやろうけど、魔力のない者にとっては喉から手が出るくらい欲しいんや」
ティリオンが、眉根を寄せた。
「ああ。だが、もうラソはない。滅んだ国がどうこうできる物ではない」
リーヴィンザールが褐色の頬に微笑を浮かべる。
「もし、ロタゾから取り返したら、ラソの魔石はタルザールに卸してくれるか?」
冗談だと思ったティリオンが、諦めた目で笑った。
「はは、もしそんなことができたら、我々には宝の持ち腐れだ。山ごとそなたに献上しよう」
ノエルは見逃さなかった。
リーヴィンザールは不敵に笑っている。
こういう類いの冗談を言うような奴ではない。
言葉にするとすれば、リーヴィンザールは本気なのだ。
そんな予感がした。
それならば、言っておかなければならない。
「あっ、待て! それは俺もちょっと言わせてもらうけど! フミリユ岩塩の部分だけは俺にくれ! 魔石はどうでもいい、ただ岩塩はレヴィアスに!」
ゆずれない物というのは誰にだってあるものだ。
ノエルが必死で言いつのった結果、ティリオンは軽い様子で、
「岩塩でも何でも持って行け」
と約束をしてくれた。
リーヴィンザールがポンと手を打った。
「よし。話は決まったな。タルザールとレヴィアスは、ラソの側につく。そういえばノエルは、その話をしにきたのか?」
「ああ。協定を結ぼうと思ってな。あと、オランジュもったいなかったから」
「オランジュはともかく、正式な不可侵協定を結ぶってことやな。うん、ええよ」
「いいのか!?」
「おん。こっちにもメリットあるしなあ……俺らはここを守りたいだけや。もう、故郷を追われるようなあんな思いはしたくない、させたくない……ロタゾは俺らにとっても宿敵なんや」
リーヴィンザールは真剣な顔をしていたが、ノエルと目が合うとふっと表情を緩めた。
「レヴィアスの武力は脅威やけど、味方についてくれたら百人力。俺らとしては不可侵協定結んで、仲良うしてくれるのは大歓迎やで」
リーヴィンザールは付け加えた。
「まあ、ノエルたちのことやから、東側からの攻撃に備えてラソを奪還しようとしてるんやろ。俺たちは東、最もレヴィアス側に近いもんなぁ」
ノエルはほうとため息を吐いた。見事な洞察力だ。
「察しがよくて助かる。さすがリーヴだな」
リーヴィンザールが片目を瞑っておどけてみせる。
「留学してたときはこれでも成績良かったんやでえ」
「もしかして、首席だった?」
「いや。俺の友達やったゼガルドのやつが首席で、俺は二番目やったわ。さ、今日は宴会やな! こんなときこそパーッとやらな。ほら、ティリオンさんて言うた? 自分、飲める? イケる口? エルフって水以外も飲めるん?」
コミュ力お化けの独裁者は、気まずさなど全く感じさせない人好きのする笑顔で、ティリオンに喋りかけていた。




