イケオジの無自覚
「えー……整列にご協力下さい! 最後尾はこちらです!」
この場にいないモルフェのかわりに、御者のジンまでかり出されて、整列をしている。
モルフェはタルザールの城に行って、リーヴィンザールの取り次ぎを頼んでいるはずだ。
万が一、攻撃を受けてもモルフェならば何とか戻って来られるだろう。
ノエルは客に愛想をふりまいて、オランジュを売りさばきながら、少し垂れ目がちな独裁者の顔を思い描いた。
独裁者というと聞こえは悪いが、新興国のタルザールを素速く導くためには必要なようにも思えた。
タルザールは、リーヴィンザールの判断の元にすぐに動いている。
もともと、逃げ延びて来た同国の同志たちで作られているというのもあるだろうが、リーヴィンザールの圧倒的なカリスマ性のなせる技だ。
(カリスマといえば……ティリオンってすげぇな)
荷台の後方ではジンが声をはりあげて、ティリオンの列を形成していた。
「最後尾の方はこちらの札をもたれて下さいー! こちらは一人お二つまででお願いしまーす! 焦らずともイケてるオジサンは逃げません! 推しのためにも、押さずに並んで下さい」
「あいつ、慣れてきたな……」
眼帯が黒のものから、橙色のものに変わっている。
オランジュスタッフとしての心意気なのだろうか。
「お手元にお財布をご用意くださーい! なるべくおつりのないようにご協力お願いしまーす!」
壮年のエルフ、ティリオンは筋骨隆々とした体格でオランジュを持っていた。
そもそも人前にエルフが出てくることは少ないため、物珍しさから見に来る者もいた。
が、ティリオンの姿を見た者たちは皆、まるで絵画から抜け出したかのように美しい姿に感嘆した。
「ちょっと待って……! イケメン目当てに来たけど、アカン、推し変するかもしれん……」
「ミイちゃん!?」
「だ、だって、声が! 見た目もアレだけど、声が! 声が良過ぎる」
ティリオンは芝居がかった優雅さでオランジュを手に取る。
そのたびに、しなやかな動きやどこか色気のある仕草や上腕の筋肉、筋張った腕の血管に、女性たちの視線が釘付けになった。
「ミイちゃんしっかりして! 相手はエルフとはいえ、おじさんやで。落ち着き。うちらの何倍も生きてるんやで」
「そうだったそうだった……うん、待って、落ち着こう。今月のバイト代かなり使っちゃったし今はだめ、だめよ、……でも一個だけ買ってくるね、うん」
ティリオンは淡々と接客していた。
幼い頃から訓練に明け暮れ、中立国ラソの騎士として生きてきたティリオンは、商売などしたことはなかった。
だからこそ、商売人の愛想笑いなど分からなかった。
彼は単純に、いつものように、誠実に話をしただけだった。
「ひぇぇ、こんにちはっ……」
「次はあなたか。ほら、新鮮なオランジュだ」
その声は低く、心地よい響きを持っていて、人々の耳に心地よく染み渡った。特に女性たちは、その声にうっとりとしていた。
ティリオンは真面目だった。彼が果実を手に取り、丁寧に説明する様子は、それ自体が一種の芸術だった。
「このオランジュは、レヴィアスで育てられたものだ。太陽の光をたっぷり浴びて、栄養をたくさん吸収しているから、味も香りも抜群だ」
「は、はい……!」
彼の言葉に耳を傾けながら、女性たちは彼の手元から目を離すことができなかった。ティリオンの美しい指先がオランジュに触れるたびに、その果実はさらに輝きを増すように見えた。
「よく味わって食べてくれ」
と言って、ティリオンは客に一つのオランジュを手渡した。
その瞬間、彼の指先が女性の手に軽く触れる。見ていた者たちまで心臓が跳ね上がる。
ティリオンの触れ方は優しく、いやらしさが無く、繊細だった。
「ひっ、ひゃ、ああぁぁっ」
「ん? 何だ?」
「あっ、あっ、すみません、お手が触れたので、驚きまして」
ティリオンは察した。
(人間というのは、肌がものすごく敏感なのだろう)
裸に厳しいのも納得だ。
これもノエルの言う、異文化というやつだろうか。
(難儀な生き物だな)
とはいえ、礼は尽くさねばならない。
「それは失礼した」
ティリオンは娘のそばに跪いた。
「ひゃっ!?」
ティリオンは美しい瞳で娘を見つめた後、優雅に頭を下げた。
「申し訳ない。どうかご容赦を」
彼の謝罪は騎士の礼であり格調高く、真心が込められていた。
女性はその気品ある態度に圧倒され、言葉も出ないままにただ頷いた。
周りで見ていた客たちが、ほう、とため息をついた。
「あのエルフの商人、まるで妖精のようね」
「騎士様だわ……」
「あ、アカン……今月は浪費できひんのに、お金を落とさずにいられん……ハッ! これは浪費やない、お布施……お布施や!」
こうして、ティリオンのオランジュは飛ぶように売れていった。
彼の美しさと色気のある仕草は、ノエルが思った以上に人々を惹きつけた。
(はあ……エルフってすんげぇんだな……)
部下も上司も綺麗な顔してやがるなという感想はあったが、内心ティリオンに『裸族ナンバーワン』というあだ名をつけていたので、ノエルとしては複雑な心境だった。
ティリオンの活躍もあり、オランジュは無事に売り切れた。
ちょうどモルフェが戻ってきたのはその時だった。
「リーヴィンザールと話せたぞ。城に来いってさ」
ノエルたちは空の荷馬車を走らせて、タルザールの城に入った。




