オランジュを売ろう
ノエルたちは荷馬車にオランジュを積んだまま、北を目指していた。
もちろん、ティリオンも一緒だ。
「ノエル、こっちはレヴィアスに戻る街道じゃねぇぞ」
モルフェが言った。
ノエルは悪戯っぽく微笑む。
「さて、問題。俺たちはどこに行くでしょうか」
モルフェが戸惑った顔になった。
「どこ、って、こんな大量のオランジュ持っていけるとこなんか……市場がある村や街じゃねぇと……ああ! もしかして、タ」
「タルザールですね」
レインハルトが優雅に横やりを入れた。
モルフェが鼻の穴を膨らませて怒った。
「俺が言うところだっただろうが!?」
「失礼した、回っていない頭と口にハエがとまりそうだったもので」
「ああ? 喧嘩売ってんのかテメェ」
「お前がいつも売り物じゃないのに強奪していくんだろう」
「何の話だ人聞きが悪ィな! 俺は盗みはしねえ!」
「どう考えてもタルザールだろう、ここから北上したところにあるのはレヴィアスかタルザールしかない。愚か者というのは大変だな……」
「同情を帯びた目をするんじゃねぇ! クソ、ノエル一発こいつぶん殴りたいんだけどいいか!?」
「ダメー」
御者のジンがクスクスと笑った。
ティリオンは荷台に揺られながら、オランジュをむしむしと食べている。
ノエルはティリオンの様子をそっと盗み見た。
レインハルトの上着を羽織ったティリオンは表情が変わらず、ぼうっとしているように見えた。
(そういえば、ラソはタルザールとの貿易を断っていたな)
ノエルは思い出した。
以前、貿易を断ったティリオンは、もしかするとタルザールに行くのは居心地が悪いかもしれない。
(だけど、今はそんなことは言ってらんねぇ)
冷静になったらしいモルフェが、ガタガタ揺れる荷台に肘をかけながら言った。
「おい、ノエル。なんでタルザールに行くんだ? オランジュが腐る前に売り切りたいからか?」
「ああ、そう、もったいないし……」
ノエルが答えようとしたところで、レインハルトがフンと鼻を鳴らした。
「これだからお前は愚かだというんだ」
「あぁ!?」
モルフェが手に持っていたオランジュをブシュッとつぶした。
柑橘系の爽やかな芳香と対照的に、また空気が不穏になる。
レインハルトが白いのど仏を見せつけながら、これ以上ない上から目線をして言う。
「オランジュは口実だ。ノエル様は、タルザールを味方につけることでラソの奪還を有利にしようとしておられるのだ。地の利だ」
首を傾げたモルフェはおそらく血糊だと思っている。
レインハルトがフウとため息をつく。
「地の利。土地を制する者は戦を制する。もしもタルザールが寝返って、ロタゾと手を組めば、レヴィアスはラソに兵力を割いている間に、東のタルザールから攻撃を受けるだろう。レヴィアスの防御を盤石にした上で、ノエル様はラソをお救いになろうというおつもりなのだ」
「ま、まあ、それくらいは俺も分かっていたけれどな」
悔し紛れにモルフェは呟く。
「ですが、一度貿易を断ったラソのために、タルザールの独裁者リーヴィンザールが協力してくれるかは……」
「分かんねぇな」
モルフェが言った。
そこについては同意見のようで、レインハルトが頷いた。
「ノエル様、交渉がうまくいかなかった場合、タルザールで俺たちも攻撃されるかもしれないというのは、可能性として考えていなければいけません」
ノエルは首をコキッと鳴らした。
荷馬車は体が硬くなってかなわない。
「まあ、とにかく行ってみてからだな」
ノエルたちがタルザールに到着したとき、街の市場は活気に満ちていた。
「とりあえず、オランジュを売るか」
御者のジンが、市場を見渡して目を丸くさせた。
「っていっても、ノエルさん、良い場所は朝からいる業者に全部とられちまってて、城下街の片隅にしか場所がありません。ここでは目立たないし、客の通りも悪い。今日中に全部売れるどころか、一つも売れないかもしれません」
「うーん。そうだなあ。どうするかなあ」
「せめて珍しい鳥だったり、看板娘でもいたらいいんですがねぇ」
と、ジンは何の気なしに言った。
ノエルは荷馬車のへりを掴んで、腰のストレッチをしているレインハルトとティリオンの上腕二頭筋を見て、ふむ、と考えた。
*
「おい、向こうはすごい人だかりだけど、何かあるのか?」
「なんでも絶世の美女と、絶世の美男と、絶世のイケオジがいるらしい」
「絶世のイケオジ!?」
その日、人々は口々に噂しあって、街の外れに足を運んだ。
大きめの荷馬車にいっぱいに積まれていたオランジュは半分くらいに減っていたが、まだまだ客は集まってきていた。
「はーい、いらっしゃい! いらっしゃい! こちら、レヴィアスからの産直! 美味しい美味しいオランジュでーす」
町娘の格好をしたノエルが微笑みかけると、野太い声が競りのように飛び交う。
「先にこっちにくれ! 順番だぞ」
「俺は3こ!」
「僕は10こ!」
「何という娘だ? あれを引き取ってわしのコレクションにくわえたい」
「可愛いっ! オランジュ買うから付き合って!」
「はーい、オランジュを買う方だけこちらにいらして下さいねぇ」
そして荷馬車の反対側では。
「キャアアアアッ! かっこいい!」
「騎士様よっ」
「いえ、天使様よっ」
「キャアァァァァステキィィィ」
「あ! あの人、前にタルザールに来てはったイケメンやん」
「ほんまや! なあなあ、うちらのこと覚えてる!?」
「あかん! ミイちゃん、オランジュを買わへんとイケメンの視界に入られへんで」
「しゃあないな、すいませーん! オランジュ5個ください!」
レインハルトはオランジュを荷台から取り上げて、注文した娘に手渡した。
「5個ですね。1,2,3,4,5」
「ふわあああ……睫毛長い、色白い、お肌ちゅるちゅるや……」
「はい、ありがとうございます」
「あ!? アカン、貴重な5秒を無駄にしてしもたー!」
「ミイちゃん何やってるん! うちが行く! すいませーん、こっちにオランジュ10個!」
レインハルトがすっと歩み寄る。
「はい、1、2,3……」
「あっ、あっ、あっ、あの! 前にもお話したことあって、あの、マイって言います、うちのこと覚えてますか!?」
レインハルトはふっと顔をあげて、にっこり笑った。
「覚えてますよ」
「キャアアアアアァ!」
「……8,9,10。はい、ありがとうございます」
「うわあああああヤバイ何これぇぇぇ! うち魔力無いはずなのに、内側からすごいエネルギーが込み上がってくるううう」
「マイちゃん落ち着いて! それは魔力やなくて、認知されたことによる幸せホルモンや!」
「ギエェェェェもう一回! もう一回や! すいませーん、オランジュ20個!」
「マイちゃーん!」




