ティリオンの話
「ティリオン、無事だったんだな」
ノエルはほっとした。
ティリオンの肩や腕やがっちりとした太ももをベシベシと触る。
「はは、心配かけたな」
ちゃんと足も腕も頭もついている。
(よかった)
ロタゾの得体のしれない敵たちに、無残に引きちぎられた姿を想像していたノエルは、大きな怪我がないティリオンに心から安堵した。
ずかずかと近づいてきた、遠慮のないモルフェが言った。
「おい、どうなってんだよ。エルフは最強なんじゃなかったのか。人っ子一人いねぇじゃないかよ」
ティリオンは泥で汚れ、藪で切った小さな切り傷のある顔を曇らせた。
「同族たちは城に囚われている。私の影武者のエルフが残っているが……ファロスリエン様はロタゾに連れて行かれ、今も捕まっている」
モルフェが鼻白んだ。
「最強の部族が聞いて呆れるぜ。で、お前はなんなんだ? 逃げてきたのか」
ノエルは眉をひそめた。
「モルフェ。事情も分からないのに、そんな言い方はないだろう」
「ふん」
ティリオンが右手を出して、ノエルを諫めた。
「いや、いいのだ。その通りだ。我らは……なすすべが無かった。ただ、みすみすとファロスリエン様をロタゾに奪われた。全て、我らエルフの油断と不徳のいたすところ」
荷馬車から降りて、背を伸ばしたレインハルトが言った。
「逃げる者には逃げるだけの理由がある。ティリオン殿はファロスリエン様の腹心の部下だ。断腸の思いでここに居るのだろう」
ティリオンはぐっと堪えるように俯いた。
「我はちょうど鉱山に出かけていた。そなたたちへの岩塩の採掘場の作業を視察しにいっていたのだ。ファロスリエン様が襲撃されたのはその時だった。どうやら我らがいない間に、ロタゾの女がファロスリエン様を訪ねてきたらしい」
モルフェが言った。
「なんだ、ずいぶん不用心だな」
ティリオンは淡々としていた。
「我々も後から知った話なのだが……ファロスリエン様を訪ねてきた女は、獣耳のついた奴であったらしい。そして、『レヴィアスからの友好の品を届けに来た』と申告したのだ。獣人であれば魔力はないはずだ。勿論同胞たちも其奴の魔力を測ったようだ。魔力を測る魔力石の反応は無かった。出自を明らかにした上で入国を認めた」
眉間に皺を寄せたモルフェが獣のように唸った。
「なんだそいつ。レヴィアスの名を騙りやがったのか」
「ああ。書類は偽造だった。堂々と入国した女は城に到着し、ファロスリエン様と面会をすることになった。そして其奴は……突如、魔法を放ったのだ」
「何だって?」
と、ノエルは聞き返した。
測定用の魔力石が反応しないというのは、その者の中に魔力がないということを示している。
それなのに魔法を放つというのはどういう訳だろう?
「我らも仕組みは分からん。いったい何がどうなっているのか……一緒に来た荷車を引いていた人足の奴らもバタバタと倒れていって、敵も味方も関係ないような無秩序な攻撃魔法だったと……その場には攻撃に耐えたエルフと、その女と、ファロスリエン様だけが立っていたらしい」
「だけど、エルフの長なんだろう? そんな、みすみす拉致されるなんて……」
「ファロスリエン様はお優しい。城の住人が……惨殺されるよりはと、身を投げ出されたのだ」
ティリオンは絞り出すように言った。
ノエルは思った。
そして、そんなファロスリエンのために、ティリオンは降伏を選択したのではないだろうか。エルフは高潔で他者に厳しいが、同胞には情が厚い。
(そこにつけこむなんて……)
許せない。
どこでエルフのことを知ったのかは分からないが、ノエルにとってみれば同盟国のつもりだった。
それを横からやってきて、だましうちのようにいきなり襲撃した。
「彼ら、ロタゾは今、我らが城を制圧し、ファロスリエン様や同胞たちを人質にとっておる。我は影武者に指示を出し、降伏宣言をするように命じた。そして、たった今、貴殿らのところへ行くところだったのだ」
ティリオンは長身をかがめ、腰を折ってノエルに首筋を見せた。
「ノエル殿、後生である。我らが長、ファロスリエンを……我らが同胞を……ロタゾの蛮行より救いたいのだ。力を貸してはくれぬか」
「待て待て、ちょーっと待て」
口を挟んだのは、やはりモルフェだった。
「おいノエル、いいか、情に流されて安易に決めるんじゃねぇぞ。相手はエルフをいっぺんに制圧した訳の分からねぇ国だぞ。異次元だ。得体のしれないお化け連中とどうして戦える? レヴィアスには何のメリットも……」
「力を貸しましょうっ」
と、ノエルは爽やかに言ってのけた。
モルフェがのけぞった。
「聞けよぉぉぉ人の話を! あーもう、クソ、いつもこんなパターンじゃねぇかこのお人好しが!」
「情けは人のためならずって言うだろう」
とノエルは堂々としていた。
「友人が困っているなら、力を貸すのは当然だ」
「ノエル殿……! すまない、恩に着る」
「えーと、恩もいいけどとりあえず、何かもう一枚着てもらっていいか?」
ティリオンは半裸の自分自身を見て、
「なぜだ?」
と、首を傾げていたが、レインハルトの
「文化の違いです」
という言葉に納得した。
というわけで、ノエルたちは馬車に積んだ荷物もそのままに行き先を変えることにした。
いつまでもここにいては危険だ。




