ソフィのところへ来た人物
「どうして……」
なんでこうなってしまったのだろう。
ソフィはゼガルドの牢獄で抜け殻のようになっていた。
同じ階からは、奴隷たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
ここは城下の、戦闘奴隷たちの棲家だ。
「どうして、あたしが、なんで。嘘だ、こんなのおかしい、今ごろだったらあたしは王族で、エリック様と……そうだわ、エリック様は」
誰も助けてくれない。
叫んでも、暴れても、ここには一日に一度、食料を届けに来る兵士しか来ない。
「なんでエリック様が来ないのよ!」
頭がどうにかなってしまいそうだ。
ソフィを拘束した兵士たちは淡々と牢獄に連行し、ほとんど説明をしなかった。
分かったのは、ソフィが罪を犯したということだった。
「ノエル・ブリザーグを殺したから……?」
何も疑っていなかった一つ一つの出来事が、こうして囚われの身になって考えてみると、不思議に思えてくるようになった。
一度も姿を見せなかった男爵がいきなり引き取りに来たこと。
すぐに学院への編入が、試験もなしに決まったこと。
ひとりぼっちだった自分に、第二王子が話しかけてきたこと。
可愛いと褒めてくれたこと。
伯爵令嬢なんかより、魅力的なソフィと婚約したいと言ってくれた。
それなのに。
「なんで、エリック様」
ソフィはぶつぶつ呟いた。
こうして連れ去られてしまったのに、恋人であるはずのエリックは一度も会いにこない。
「あ、わかった。これは陰謀なのよ。王宮の誰かが、あたしとエリック様を引き裂こうとしてるんだわ。いったい誰? あの王妃かしら? あたしのこと、邪魔者みたいに見てた」
きっとたぶん、そうに違いない。
王妃だか何か知らないけれど、汚い手を使うものだ。
そのとき、フードを目深にかぶった全身真っ黒な男が現れた。
「エリック様!」
ソフィは弾かれたように顔をあげた。
しかし、そこにいたのはエリックではなかった。
「ヒッ!」
ソフィは小さく悲鳴をあげた。
金と白の混じった髪に、赤い瞳。
整った鼻梁は、美しいというよりもむしろ、生命感が薄くてぞっとする。
まるで死神のようだ。
赤い目の男は、透けるように白い手を口元にあてた。
「エリックは来ないよ」
「なんなのよ! あんた誰!? そんなこと、あんたに分かるわけないでしょ」
「分かるのさ」
「ふざけないでよ、あたしに何の用だっていうの!?」
「少し静かにしてくれ。僕が君のところに来ているとあまり知られたくない」
「何なのよ! どこの誰とも知らないあんたに指図なんかされる覚えはないのよ!」
「シッ……静かにしてくれ。殺されたいのか?」
「こ……」
ソフィはさすがに絶句した。
殺す?
誰を?
何で?
赤目の男は、フッと息を吐いた。
「そうだ。大人しくしてくれ。エリックは君を売ったんだ」
「な……何、そんな、嘘よ」
「嘘なんかじゃない。父上とエリックは君を使ったんだ。レヴィアスを手に入れるために」
「は……」
「逃がした伯爵令嬢のせいで、失敗に終わったけどね。それで、君はその後始末で、十日もしたら処刑されるってことだ」
「なっ、処刑!? あたしが!?」
「そうだよ。魔石でジャバウォックドラゴンの封印を解いた罪。封印の塚の隣には、戦闘奴隷が一人死んでいた。誰かが奴隷の命を使って封印を解いた。それを君がやったと、エリックが父上に奏上したんだ」
「嘘よ! あたしはそんなことしてやしない」
「彼らにとっては『嘘』ではなく『事実』なんだ。だから今君はこんなところに入れられている。父上は、エリックの言葉を聞き入れるだろう。エリックがやっていることを黙認していたのは父上だからね。君がどう動くかも予想して、あの二人は君を捨て駒に使ったんだ」
「ねぇ、父上って? ってことは、あなたまさか」
赤目の男は唇に指をあてて、真っ直ぐソフィを見据えた。
エリックとどこか似た形をした丸い耳の形を、ソフィはぼんやりと目の端に捉えた。
「僕と少し話をしよう。幸いにも時間はたくさんある。おおよそ、君にどんなことがあったのか、僕にも見当はついているから、すぐに終わるさ。君がヒステリックにならなければね」




