魔石の動力源とは
ボア肉は上々だった。
口端をペロッと舐めて、マルクが言った。
「それにしても、姉上が実家を出てから、レヴィアスにいるなんて驚きましたよ。てっきりオリテの貴族の屋敷にいると思ってました。父上だけはレインハルトと駆け落ちして東国へ船旅でもしてるんじゃないかって疑ってましたけど」
だから、あの父親は何を勘ぐっているのだろう。
ノエルは頭を掻いた。
「いやあ、連絡遅くなって悪かったな。っていうか駆け落ちって何なんだ」
マルクは苦笑する。幼い成長途中の小ぶりな顔が、可愛らしくほころんだ。
「最近、父上は騎士道物語っていう小説にはまってるんです。なんでも美貌の騎士が、困窮する姫の前に現れて颯爽と助けるという話のシリーズなんですが、ロマンスを感じるとかで大変な気に入りようです」
「ロマンスねぇ……」
自分の娘にドラマを期待しないで欲しい。
ノエルは令嬢らしく、ナプキンで指先を拭いた。
豆に執心だったティリオンが、ふと口を開いた。
「レインハルト殿は、こちらのノエル嬢とは懇ろなのか」
「ブッ」
レインハルトがむせた。
ノエルは尋ねた。
「ね、ねんごろ? 俺とレインが?」
「ねんごろというか、ごろにゃんというか」
「ごろにゃん!?」
言葉の選び方が壮年男性そのものだ。
(この場のおっさん、俺だけじゃなかった……)
ノエルは謎の安堵感を抱いた。
「ごろにゃんでは、ないですね」
と、咳払いをしたレインハルトが真面目に言う。
「当たり前だ。レインは俺の、従者だよ。ちなみにモルフェも。二人ともブリザーグ家で召し抱えた仲間の一員だ」
「ちょっと待って下さい」
と口を挟んだのは、マルクだ。
「えっ、姉上、モルフェさん!ちょっと今のところもう一度教えて下さい。モルフェさんって、もう、うちの所属なんですか!?」
ノエルとモルフェは顔を見合わせた。
「ああ、まあ……」
「なんか色々あってそういうことに……」
マルクは嬉しそうに小さくガッツボーズをしている。
よっぽどモルフェに懐いたらしい。
モルフェが困ったように言った。
「あのなあ。俺は元奴隷だぞ」
「そんなの関係ありません」
「関係あるだろ。それに――……」
モルフェはきっと、過去に命を奪ってきたことを言いたいのだろう。
マルクに伝えなければフェアじゃないとでも思っていそうだ。
ノエルはモルフェが口を開く前に、マルクに言った。
「モルフェは生まれ変わったんだよ。こいつは一度死んで、新しい体になったの」
嘘は言っていない。
マルクはぱちぱちと瞬きした。
「まるでカミサマみたいなこと言うんですね。姉上は」
「あはは」
すると、
「実際、俺にとっちゃカミサマみたいなもんだ」
と、モルフェが呟いた。
「ゼガルドを出られたのはノエルのおかげだしな」
(モルフェ……!)
こいつはこういうところが可愛い。だけど、指摘すると不貞腐れるだろうから、思うだけにしておこう。
ノエルはふと思い出した。
国外追放されてここまで来たけれど、今のゼガルドはどうなっているのだろう。
モルフェの追っ手も気になるところだ。
(マルクに持ってってもらう実家への手紙に、近況を教えてもらうように書いておこう)
実家の父母、アイリーンやコランドは、今のゼガルドをどう見ているのだろうか。
(ティリオンが言っていたロタゾの話も気になるしなあ)
まだまだ前途多難かもしれない。
また情報を集める日々が始まりそうだった。
「そういえば、なんでルーナは突然こっちに来たんだ? 西で女王の仕事してるんじゃなかったのか」
と、ノエルが尋ねると、ルーナは思い出したように手を叩いた。
「おかげさまで、だいぶ街道も整備されてきました。その視察も兼ねて、ノエルさんの弟の様子を見に来たんですよ。それと、気になることがあったので……」
ルーナは珍しく歯切れが悪かった。
「どうしたんだ?」
「ニックが倒れたんです。私についてくれている、人間の兵士なんですが」
ルーナは眉を寄せた。
「ここに来る前、急に倒れたのです。熱もなくて、突然眠ってしまったように見えました。医者にも見せましたが、原因が分からず。すると、ちょうどその場に来た獣人のカルラが来て、気になることを言ったんです。紅い魔石を持ってないかって」
「紅い魔石?」
レインハルトが聞き返した。
「トライデントに嵌め込むような、あの石か?」
「はい。カルラが言うには、紅い魔石は、悪魔の石だと」
「どういうことだよ」
と、モルフェが言った。
ルーナは、私もよく知らないのですが、と前置きをして、話した。
「魔石の中でも、紅い魔石は特別な悪魔の宝石。それは莫大な威力を齎す。しかし、問題はその動力なのです」
「つまりどういうことだ? 魔石は何かで動いているのか」
ノエルの問に、ルーナは頷いた。
「ええ。紅い魔石の動力源は」
ルーナの熊耳がふわんと揺れた。
「生命力。人の命です」
*
ゼガルドの第二王子、エリックは父の玉座の前で礼をし、朗らかに笑った。
「ああ、こうも上手くいくとは愉快でした」
「戦闘奴隷を差し向けたのもお前の仕業か?」
「あっはっは! あれは傑作でした。勝手にあの娘が、奴隷をねだってきたのですよ。なんでも、ノエルブリザーグと比べられるのは我慢ならないと。だから消してしまえという、はは、あまりにも短絡的で、単純な考えで」
「消せたのか」
「いえ、伯爵家もノエルには凄腕の護衛をつけたようで、奴隷はやられたようです」
「そうか。まあ、それはたいしたことではない。ソフィの愚かさが分かったということだな」
「その通りです。そんな愚かな女だから、僕との婚姻が認められず、やけになってドラゴンを放ったりしたのでしょう」
「ほう……レヴィアスの地を焼き尽くしかけたという、あのジャバウォックか」
「はい。もともとゼガルドの南の森に封印されていた、あの危険魔獣ですよ。ご丁寧に僕から魔石まで盗み出して、色仕掛けでたぶらかした兵士を犠牲にして、ソフィは禁忌の封印を解いたのです。恋に惑った、哀れむべき愚かな女だ」
「その通りだな。しかし、裁判で否定されたらどうする」
「否定も何もありません。僕がこう言っているのだから、これが事実です。男爵令嬢風情の言葉とは重みが違いますよ」
「ふむ。それもそうか。しかし、惜しかったな」
「ええ。どうやら門番の話では、筋骨隆々の青髭の男と獣人の女がレヴィアスへ亡命したとか。凄腕の英雄のようで、ジャバウォックも彼らによって倒されたようです」
「邪魔者さえなければ、レヴィアス全体を焦土にし、首都グレイムも落とせたものを」
「ええ。獣人たちはトライデントを有難がるだけで、奴らは魔石の本当の価値に気付いていませんからね」
「前時代的な国家は滅ぶということだ」
「滅ぶといえば、思い出しました。ソフィの処遇です。処刑の嘆願書を出しました。なるべく早く絞首刑にするようにと」
「うむ。わしからもせっついてみよう」




