リーヴの宮殿
回復したリーヴィンザールは素早く指笛を吹いた。
すると、裏路地に兵士が二人走り込んで来た。
「お客さんや。丁重にな」
リーヴィンザールが言うと、兵士たちの数はみるみるうちに増えていった。
気がつくと、ノエルたちはタルザールの奥地にある、リーヴィンザールのための宮殿に連行されていた。
「おい、なんで俺たちが捕まってるんだよ」
とモルフェがぼやいた。
「捕まってるんじゃない。歓待を受けているんだ」
とレインハルトが訂正した。
モルフェは憤然として反論した。
「歓待ってんなら、こんなに監視が居なくていいだろ!? わざわざこんな堅ッ苦しい場所で座らせやがって」
「これはジノワズリですね」
と、座らされた椅子を見ながらマルクが言った。
「なんだそりゃあ」
「東の異国風の調度品のことです。大陸の外にも国があって、東方の物はこのような不可思議な物が描かれていたりするのです。最近ゼガルドにも時折、入ってきますよ」
「ほー。これがねぇ」
「しかもこれはジッペンデール様式ですね」
「おい、マルク、俺にも分かる言葉で喋ってくれ」
「えーと、つまりですね、トゥルース・ジッペンデールという高名なデザイナーがいたんです。東方風のデザインと現在のオリテ様式の意匠を融合させた……」
マルクはモルフェの緑がかった瞳をじっと見ると、一言だけ付け加えた。
「流行の、結構高価な、東洋風の家具です」
「おー、なるほどな。言われてみりゃあ結構しっかりしてるぜ」
「あっ、モルフェさん、そんなに叩いちゃだめです。たぶんこれ一脚で馬車が三台は買えます」
筋骨隆々とした兵士たちはずらりと並び、どっしりとした椅子に座らされたノエルたちを無言で見つめていた。
兵士たちの圧倒的な存在感に、モルフェはますます不満げな表情を浮かべた。
「ん? なんだ? 文句あんのか?」
「やめろってモルフェ」
ノエルは、部屋の周囲に立つ兵士たちを威嚇し始めたモルフェをいさめた。
(良い子ではあるんだが……不良みたいなんだよなあ時々。血の気が荒いっていうかなんていうか)
もう少し平和になってほしいものである。
「一応、最高指導者なんだから、まあ……こういう場所で話すってのも分からなくないよ。路地裏よりましだろ」
と、ノエルはとりなすように言った。
「待たせたな」
そこに、リーヴィンザールが現れた。
黒地の上下の礼装で、胸元に軍の胸章のような星のマークがついている。
リーヴィンザールはノエルたちの向かい側に座った。
顔には冷静さと共に疲れが見え隠れしていた。
だが、その目には決意が宿っていた。
「まずは、突然ここへ連れてきて、すまんかった」
とリーヴィンザールは重々しく口を開いた。
「本当だ。お前がどこの誰かは知らねーが、いきなり馬車に乗せられたこっちの身にもなってみろ」
モルフェだけは相手が皇帝だろうが王だろうが、物怖じしないだろう。
ノエルは苦笑した。
「なあ、それはいいけどさ。こうして俺たちを呼んだってことは、まだ話が終わってないってことだろ」
「単刀直入に言う。魔石のことや」
リーヴィンザールは蒼い目を光らせた。
「ノエル。別の道がある、っちゅうのはどういうことや」
こちらを見る瞳は真剣で、嘘はないように見える。
ノエルはじっとリーヴィンザールの蒼い目を見た。
この男が本当に信用に足るだろうか。
真剣なリーヴィンザールの表情が和らぎ、ふと目に温かみが戻った。
「こうして知り合った縁や。なんや、奇妙な出逢い方やったけど……ノエル。お前の魔法に包まれた瞬間、胸の奥に何か忘れてたもんがはまった気がしたんや。俺はお前に、俺やタルザールのことを隠さへん。何でも聞いてくれ」
ノエルはうなずいた。
「それなら俺たちも隠さないよ。正直に言うけどな、俺らはお前のことについて調べにきたんだ」
タルザールは周囲の強大な国々に対抗するために、魔石が必要不可欠だ。
ロタゾや他の国々に滅ぼされないためには、この魔石の力を利用するしかない。
リーヴィンザールの話したことが事実だとすれば、かなり状況は逼迫しているようだ。
「中立国ラソと魔石の取引を試みたが、うまくいかへんかった。魔石が手に入らなければ、我々の未来は暗い。金ならどれだけでも出せるのに、物が無いんはどうしようもないわ。商人の国を作ろうと思ったけど、結局はまた力に負けてしまう。そうすれば、ロタゾや他の国の思い通りや」
「今なんと?」
モルフェの様子を見ながら、黙っていたマルクが反応した。
リーヴィンザールは驚いたようにマルクを見つめた。
「どうしたんや、坊主。なんもおかしないやろ」
「金なら……?」
「ああ。うちは商人の国や。経済だけが自慢やわ。やからこそ魔石で国防力を強化しようと思ってたんや。坊ちゃん、何歳や? 飴チャンあげよか?」
マルクは鋭い目でリーヴィンザールを見定めるようにじろじろと眺めた。
「もし、魔石が手に入ったらどうするつもりですか」
「そうやなあ。国のためになるように使うわ」
「たとえば?」
「ゼガルドは魔力持ちばっかりの国やしなあ。ほとんどはうちで流通させて、オリテにも加工したものを少し卸したい。俺ら、タルザールを作った者たちは皆、手先が器用なんや。ノエルの魔法のどさくさで復活したみたいやけど、ほら、この腕輪もそうやで、タルザール産や。結構、いけてるやろ」
言われてみれば、ブレスレットには繊細な意匠が描かれている。
マルクは頷き、深呼吸をして言った。
「実は……採れるのです。我が家でも」
リーヴィンザールの目が見開かれた。
「何やって?」
「僕はこちらの令嬢の弟で、ゼガルドのブリザーグ伯爵家の嫡男でマルクといいます。今日はここに魔石の卸先を探しにきたんです」
マルクは続けた。
「ゼガルドでは価値がないし、オリテでは税が最近酷くあがってしまって」
リーヴィンザールは混乱した表情を浮かべた。
「待て。それは勿論、渡りに船だが……でも、それなら、俺はなぜノエルと戦う必要があったんだ……?」
ノエルは肩をすくめて答えた。
「お前がいきなりスパイだって言って攻撃してきたんだろ」
リーヴィンザールは苦笑した。
「じゃあ寿命を削る必要もなかったんや。いや、びっくりしたわ。ゼガルドのやつらでもあんな魔力はなかったはず。ノエルは何者なんや?」
レインハルトが代わりに答えた。
「婚約破棄をされて国外追放になった伯爵令嬢です」
「婚約破棄のところ、説明いる? 普通に伯爵令嬢で良くない?」
「訳ありの感じが分かりやすいでしょう」
一度でいいから、このしれっとした美貌の白い頬を人差し指でぐりぐりしてやりたい。
ノエルはため息を吐いて、独裁者と話し出す弟のきらきらした瞳を見た。
全く、マルクは本当に頼もしかった。




