虹のかかる日
リーヴィンザールがゼガルドへ留学したのは、十六になる頃だった。
他の大陸の文化や学問を身に付けよという父親のすすめで、ゼガルドの学院へ数年間学びに行ったのだ。
進歩的な知識を身に付けるのはこれからの時代には必要だと、父親は口を酸っぱくして言っていた。
ゼガルドでは友人ができた。
友人は外国人のリーヴにも差別せず、話しかけてくれた。
「リーヴは賢いから、きっとすごいことをするね」
という友人の言葉は照れくさく、同時に誇らしくも思った。
自分がいつかあの田舎町をもり立ててやる。
そんな気概は、ロタゾの連中が攻め込んできたあの日に、散って消えた。
ゼガルドから着の身着のままで帰ってきたリーヴを待っていたのは、負傷した父親と、焼けた故郷だった。
あの友人は、ゼガルドを慌ただしく去る別れ際に何と言っただろうか。
「どうか気を付けて。知っている? 魔石の本当の使い方はね――」
ノエル・ブリザーグは祈りを込めていた。
軽く頷いたレインハルトが、刺さった弓矢を引き抜いた。
リーヴィンザールは喉が潰れるような声を出して呻いた。
地面が色を濃くする。
ノエルは魔力を集めて、目の前の異国の男を見据えた。
彼は血と泥と汗に塗れている。
だけど目を逸らしてはいけない。
虹色の光が膨れ上がった。
ノエルの躊躇わない詠唱が、凛と響いた。
「ヒール!」
雲一つなく晴れ渡り、太陽の光がタルザールの街に降り注いでいた。
じっとしていても太陽の光が肌を暖めて、じんわりと汗をかくような暑い日だった。
突然、虹色の閃光が、タルザールの街の住民に覆い被さった。
ドンッともバンッともつかない、強烈な爆音が轟いて、大人も子どもも地面に伏せた。
何が起こったか分からず立ちすくんだ者たちは、すぐに押し寄せて来たその場に立っていられないほどの強烈な爆風に押し倒された。
地面と天地が破壊されて無くなってしまうような、何かが破裂するような音がパンッパンッと何度も響いた。
その度、光の水しぶきのような閃光があちらこちらで跳ねた。
騒ぎの収まったタルザールの民は外に出て、口々に叫び合った。
「五十肩が治ってる!」
「シミは!? バァさんが若返っておる!」
「そういう爺さんも……!」
「虫刺されが治った」
「腰痛が良くなった」
「擦り傷が治った!」
「吹き出物がキレイになったわ!?」
「切り傷が無くなってる」
「白髪が消えた!?」
「まるで魔法じゃ」
「猫の噛み跡が消えた」
「俺の円形脱毛症が治った」
「外反母趾が消えた」
「トカゲの尻尾が生えた」
「枯れそうだったサボテンが元通りに」
「何が起こったんだ!?」
そして、広場の隣で聞き込みをしていたモルフェたちもまた同様だった。
「おい、今の爆風と光……もしかして、あいつまた何かしでかしてんじゃねぇだろうな!?」
「モルフェさん、僕の靴擦れが治りました……もうおんぶしてくれなくても大丈夫そうです……」
「そりゃよかったが、イヤーな予感がするぞ。あんのお人好しが余計なことをしてる予感が……」
「姉上が? まさか、タルザールで?」
「なめんなよ、俺の予感はあたるんだ。近くを探すぞ」
独裁者リーヴィンザールもまた、例外ではなかった。
路地裏から街中にあふれ出した虹色の閃光の中心となった彼の両の足は、赤子の肌のようにしっとりとつややかに健康を保っていた。
すねの毛が無くなってしまったのは弊害かもしれなかったが、生死を分ける状況においてはそれほど重要では無い。
「……痛みが無い?」
リーヴィンザールはこわごわと目を開けた。
ぼんやりとしていた意識がはっきりとしていく。
「大丈夫か?」
葡萄酒の色をした瞳の美しい少女が自分を心配そうにのぞき込んでいた。
「よーし、生きてるな!? もう、ヒヤヒヤしたぜ」
「どうする気や」
「何がだよ」
「俺はいい……でも、この街のやつらだけは、戦なんて関係ない、ただの民衆や。俺に従ってるだけで……頼む、あいつらは許してやってくれ」
「おい、ひどいなぁ。一応、命の恩人に向かって、その言い草はないんじゃないか」
「誰やねん、お前……」
天使も神もいるはずがないと思っていたリーヴィンザールは、この一瞬だけは考えを改めざるをえなかった。
それほどまでに目の前の少女は尊く見えた。
彼女は薔薇色の頬に、邪心のない微笑みを浮かべて言った。
「俺はノエル。レヴィアスの女王――の、友達だ」
「クッシュン!」
「お風邪ですか、ルーナ様?」
尋ねたのは茶髪の兵士、ニックだ。
「いいえ、違うの。私は風邪なんてひいたことないから……」
「さすがです、ルーナ様は聖なる力に守られていますね」
ニックは先日から熱心なルーナの信者になっている。
「そうじゃないわ、ええと、丈夫なのよ。人間より……」
「そろそろ東西を繋ぐ馬車道が完成しますね。体調が良ければ明日にでも視察に行きましょう」
「いいえ、今日にしましょう。私が手伝えば作業も速く終わると思うし」
「さすがルーナ様!」
「なんだか照れくさいなあ」
「ルーナ様、マールから書状を持ってきたという使者が来ております。トゥレグと申していますが」
「トゥレグさん!? わあ、久しぶりね。通して、もちろん通して。元気だった? あたし、なんだかなりゆきでこんなことになってしまって……え、ノエルから? 何かしら。えっと……ラソとの貿易……タルザールと……弟のマルク……あ、ちゃんと着いたんだ! えっと、ん? 魔石? ……そうなんだ、大変だったんだね」
大変なのはルーナも同じ。
統治者というのはなかなかに、忙しくいろんな仕事が待ち受けている。
「ルーナ様。返信は……ッぐ」
「ニック? ……ニック!? あなた、大丈夫!?」




