冥土の土産よりメイドがいい
「ラソの魔石が手に入れられんかったら、時間の問題や。オリテやゼガルドみたいなデカい国とか、ロタゾみたいな軍事国家には負けてまう……新興国とはいえ、うちは商人で成りたっとる。武装しとるだけで、魔力もなければ魔石もない人間なんて……うちは弱い。金はあるけど平和主義者ばっかりの弱い国や」
最後の言葉を紡ぐように、独裁者はへらりと相好を崩した。
「俺らはもともと、大陸の端の国のもんやった。アドゥガ、って聞いたことあるか? 知らん? もう地図から無くなってしまったからな……そうや、今はもうロタゾになってしもうた」
リーヴィンザールは目を閉じて、息を吐いた。
もう無くなった祖国を瞼の裏にうつしているかのように、リーヴィンザールはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺らは『タール』の一族と名乗ってた。タール族はアドゥガの国で昔から暮らしとった小さな民族やった。アドゥガは何も無かった。ばかみたいに田舎やった。けど、海沿いやったからな。西からの外国の船が、時々流れ着いてきて……見たこと無い香辛料やら、更紗ゆう綺麗な織物やら、貿易して帰っていったわ」
リーヴィンザールはぐったりして、息を吐いた。
かなり苦しそうだ。
「俺らは……本気で、故郷は、アドゥガは、宝の流れ着く場所やと思ってた。タールの言葉で、アドゥガは虹の根元って意味なんや……あの日まで、俺らは虹の根元におった……ロタゾが乗り込んできて、全てを根絶やしにするまでは」
リーヴィンザールの冥土の土産のような話が続いている。
しかし、ノエルはハラハラしていた。
(待て待て、そんなのはいいから止血しろ! ヤベー怪我ほど止血! エンコ詰めたら止血! 喧嘩の擦り傷じゃねぇんだぞ……おい、最近の若い奴は見極めもできねえのか)
全く止血する様子のない若い奴を前にして、ノエルはある種の焦りを感じ始めていた。銃で撃たれて死んだ自分が言うのも何だが、失血は本当に取り返しがつかない。
何事も程々が大切である、というのはどこかの極道の親分の言葉だったか。
ノエルはそわそわしながら、ヒールをかけられないかとレインハルトの背中の後ろから顔を出そうとした。
レインハルトが後ろ手に、虫でも追い払うかのように手で払ってくる。
(こいつ頭の後ろに、もう一個目がついてんのか?)
修羅場をくぐってきた元王子様は、非情なまでに主に忠実で、残酷である。
仕方が無い。
万が一、最悪の事態の間際になったら、レインハルトとちょっとやりあってでも前に飛びだそう。
異世界の若者を目の前で死なせるほど、年を食ってはいない。体は十五歳だがーー。
ノエルがそんなことを決心している最中、リーヴは過去のロタゾの侵略行為について語っていた。
どうやら、ロタゾという国の属国になり、アドゥガという小国は滅んでしまったらしい。確かに学院で近代史を習ったときに、そんなことも覚えた気がする。ただ、自国の歴史についてばかりの問題が出たから、他の国まで詳しく覚えているわけでもなかった。
改めて、この大陸は血生臭い場所なのだと認識を新たにする。
前世でも、ゼガルドで令嬢生活をしていたころにも見なかったものが多くある。
獣を殺して食べることもなければ、他国の利益のために人間が死ぬのを目の前で見ることもない。
だが、自分が生きているのは、そういう世界なのだ。
(目を逸らしちゃいけねぇな)
ノエルの葛藤を知ってか知らずか、リーヴィンザールは目を閉じて、呟くように語った。
「アドゥガから逃げ延びて来たやつらで作った国。それがタルザールや。タール族の『ザール』……『高貴なる指導者』の国、いう意味や。俺は……高貴でも何でもないけど……あいつらの船首飾りくらいには……なれたやろか……」
リーヴィンザールの語尾が掠れる。
(意識を失いそうだ。まずい!)
ノエルはレインハルトと差し違える覚悟で飛び出した。
が、案外にも、レインハルトは止めなかった。
ため息を吐くと、
「あなたはそういう人ですよね……」
と、呟いて、鉄砲玉のように飛び出しかけたノエルの腕を掴んだ。
ノエルは自分の肩がとれたかと思った。
「ぐぇ! なんだよ! 止めるな! あいつを助けなきゃ……」
「落ち着いて下さい。いきなり引き抜くと本当に死にますよ」
「えっ」
「矢というのは返しがついていて、簡単には引き抜けなくなっているんです。助けたいならば、まずは足の止血が先です」
(お前がやったくせによく言うな!)
と言いたいのを堪えて、ノエルは瀕死のリーヴィンザールに近付いた。
「おい、リーヴ。リーヴ! 聞こえるか!? お前、ちょっと諦めが早すぎるぞ!」
リーヴィンザールは血の気のひいた唇をして、ぐったりしている。
ノエルはリーヴの足の傷に手をあてた。
美貌の護衛のお許しも出たことだし、思いっきりやってもいいだろう。
「お前、自分の計画一個、うまくいかなかっただけで終わりだと思ってるかもしれないけど、そんなわけないだろ。ラソに断られても、別の道があるんだよ。お前に今、必要なのは」
ノエルの手の先から、光の玉が飛び出てリーヴィンザールの足を包んだ。
「魔石なんかじゃない。仲間だ!」




