悪役令嬢ノエル・ブリザーグ
そういうわけで、
「ノエル・ブリザーグ! ほとほと愛想が尽きたッ! お前との婚約を破棄する!」
と、春爛漫の学院で、第二王子が公衆の面前で言い放ったときも、ノエルは驚かなかったのだった。
傍らにはソフィーがぴったりと控えている。
「殿下ッ……男らしいですう。かっこいいッ」
「僕もやるときはやるんだよ」
「キャァッ! すてきです殿下ッ!」
付き合ってられねぇな、とノエルは思った。
男らしいというのがあの小僧のことならば、男とはいったい何なのだろう。
そして何も放課後の帰り際、エントランスで言わなくてもいい。
ノエルの薔薇のように紅い髪は背中にゆったりと垂らされ、魅惑的な曲線を描く。色白の頬にぞっとする程美しい微笑みを浮かべた姿は冷たささえ感じさせた。
完全無欠、美貌の令嬢はゆっくりと息を吐く。
「殿下。自分が何を言っているのか理解されているのですか?」
と、ノエルは冷静に言った。
第二王子エリックはフンと鼻をならす。
「ああ。当然だ。ノエル・ブリザーグ伯爵令嬢、お前はこの哀れなソフィを卑劣なやり方で痛めつけ、陰で虐めてきた。そのような非人道的な行いの報いだ!」
もちろん、事実無根だ。ノエルがソフィに嫌がらせをしたことはない。
ただし、周囲の令嬢たちはサッと視線を逸らした。
この中に、『ソフィへの嫌がらせ』に心当たりのある者もいるだろう。
もしも、明るみになれば、粛清の対象者は自分になるかもしれない。
彼女たちの血の気の引くような思いと悔しさをノエルは想像することができた。
自分の愛する者を盗られ得意げにされて、そのまま引き下がることはできなかったのかもしれない。
10代の娘たちには、恋愛が全てだった者もいるだろう。
(擁護はできないが、見捨てるには可哀想だ)
ノエルは落ち着き払って言った。
「私はソフィ様へ嫌がらせなど行っておりません。そして、私への報いというのが殿下との婚約破棄というのでしたら、殿下はどうなるのでしょう? 私という婚約者がありながら、そちらのソフィー嬢と何度も親密な付き合いをされていましたね」
ぎくっと顔をこわばらせた第ニ王子の代わりに、ソフィーがしゃしゃり出てきた。
「もぉ、殿下は王子様なんですよ? この国の女性はみーんな殿下の物です」
周囲はぽかんと口を開ける者、あるいは信じられないように口元を押さえる者に二分された。
もちろん権力を使えば、どの女も側室にできるだろうが、それを公衆の面前で言うという品のなさ。
ノエルは冷静に状況を把握していた。
「だとしても、未婚の『手つかず』の正妻を差し置いて、どこぞの令嬢と無計画に不道徳な行為をするのはいかがなものでしょうね。この国の一翼を担うものとして」
「黙れ!」
王子は図星を指されて怒鳴る。
「お前のそういうところが嫌なのだ! 正論ばかりでもううんざりだ。僕は王子だ。王家だぞ? 血が違うんだ。女性として、僕を正当に扱ってくれるのはソフィーだけだ」
「ええ。そうですわ殿下。ノエルさんは全く殿下を理解してらっしゃらない」
だ か ら と ら れ る の よ。
ソフィーは口の動きだけで、ノエルに示した。
(うわー……すげぇな。ドラマに出てきそうな小娘だな。女の敵って感じの)
ノエルは得意げなソフィーを眺めた。
日増しに服装が男爵令嬢にしては華美になっていくと思ってはいたが、まさかここまで話を詰めているとは。
ソフィーを引き寄せて自分に酔っている様子のエリックは、ノエルに向かって指を突き立てた。
「お前の罪への罰は三つだ。一つ、ソフィーに謝罪し側室に収まること。一つ、王宮では公務に勤しむこと。一つ、子が産まれ男子だった場合は国外へ追放すること」
ノエルはにっこり微笑んだ。
「つつしんで、お断りいたします」
(寝言は寝て言いやがれ)
エントランスに、ソフィーの甲高い声が響いた。
「ノエルさん! 殿下は最大限譲歩しているのですよっ? なぜ、殿下の優しさがわからないのですか」
「ああ、ソフィー! 可愛いソフィー、僕のために泣かないでくれ」
一生やってろ、という冷ややかな周囲の視線にも王子たちは全く動じない。
ノエルはふと、前世のノンキな顔をした後輩のことを思いだした。
木下。
あいつが言ってた『ギャルゲー』ってやつに、今の自分みたいな状況があったな。
『先輩! 昨日ようやくクリアしたんすよ~。いやぁ、悪役令嬢のルートに入っちゃって大変でしたけどね。え? 先輩知らないんすか? 悪役令嬢っつーのはですね、ヒロインの邪魔をしてくるんすよ。虐めたり、嫌がらせしたり、んで、最期には断罪されるんです。俺がはまってんのは3番人気くらいのキャラで、めちゃくちゃ巨乳なんですけど……え? 興味ない? や、でもね、マジでやばかったすわ。悪役令嬢につかまったルートだと、なんと一緒に断罪されちゃうんですよ。どうなるかっていうとですね……』
断罪。
それは婚約破棄や処刑、そしてあるいは。
「それなら、いっそ……ノエル・ブリザーグを国外追放とする!」
王子は鼻の穴を広げて、声高らかに言い放った。
(おお。俺、悪役令嬢だわ)
ノエルは人ごとのように思ったのだった。
12:00に更新します。




