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おっさん令嬢 ~元おっさん刑事のTS伯爵令嬢は第2王子に婚約破棄と国外追放されたので、天下を治めて大陸の覇王となる~  作者: 丹空 舞
(12)タルザール編 気になるアイツは新興国

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つかの間の幻


「……何か誤解されているようですが、私は本当にただ、ゼガルド王国から観光に来ただけで」


「嘘やな」


ノエルは腹をくくって男を見返した。リーヴは不敵な笑みを浮かべている。


「お前みたいなやつ、たまにおるんやわ。ゼガルドの者を名乗るってことは、ゼガルド以外の他所もんやな。自分についてのことは、喋り出す前に変な間があるなあ。その癖なおさんと、スパイとしては致命的やで。俺に近付いて籠絡させるように言われたか?」



合っているようで、間違っている。



「そんなこと、あるわけない」


「誤魔化してると自分が困るで?」


「本当だって!」


と、ノエルは叫んだ。


リーヴはハッと鼻で笑う。



(親切そうな奴だと思ったのに……)



酒屋との繋がりを断ち切ってしまうのは惜しいが、背に腹は代えられない。


ノエルはパラライズで相手を麻痺させて逃げることにした。


「パラライズ!」


ノエルの指先から魔力が飛んでいく。


黄色みがかった光がリーヴの胸板を直撃した。




はずだった。




バチンッ! と小さな電流がぶつかるような音がして、火花が散った。

リーヴが腕につけていた腕輪の一つがパキンと折れて、砕け散った。



そして、次の瞬間、ノエルはリーヴの腕によって、路地の壁に縫い付けられていた。


「痛ッ……」

「話はまだ終わってへんよ」


リーヴの声は平坦だ。


「質問に答えてもらうで。誰の差し金や?」

「だ、誰でもない……」


ギリ、と力が込められる。

リーヴはさっきとうってかわった低い声で囁いた。


「ほおー。言う気はないんやなぁ? 根性あるわ。そやなあ、口を割らせるにも色々あるんやけど、どれがいい?」

「きっ……しょく悪いことを、……するな! この、変態!」

「ほんま、気ぃ強いやなあ」


リーヴは楽しそうにクツクツと笑う。


爪フェチの野郎にこんなことをされる趣味はない。


(バリアか? シールド? いや、間に合わない、それならもう攻撃魔法しかない。でも、あんまりやり過ぎると街が壊れちまう)


「いつまで持つかなぁ? 悪い子はお仕置きせんといかんかなぁ」


リーヴはやたらといい声で囁いてくる。


(剥がされる!?)


このままでは五指の爪の危機である。

ノエルは必死で策を探した。


(あれだ、レインを呼ぼう。あいつならきっと……えーと、えーと……モルフェがやってたやつ、モルフェがやってたやつ、意識を集中させて、共鳴させる……テレパス……)


ノエルは美貌の護衛の顔を思い出しながら、強く念じた。

キンッと頭のどこかで何かが繋がった音がした。


(あー、レイン、聞こえていますか……今、あなたの意識に語りかけています……っふふ、これ一回言ってみたかった……ごほん、えー、今俺は、爪フェチの変態野郎に捕まってて、このままだと俺の爪がピンチです……場所はポフポフの店の近くの裏路地……目印っぽい目印は特にありません……えー、攻撃魔法を使おうと思ったが、この辺り一帯が火の海になりそうで怖い……レイン、助けに来てくれ、頼む)


「どうしたん? 急におとなしくなったなぁ。諦めた?」


リーブが縫い止めたノエルの腕の拘束を緩めた。

そっと手を握られて、ぞわわわっと背筋に寒気のような感覚が走る。


(やばいやばいやばい! 俺の爪! 俺の爪まであと2ミリ! やめてくれ、あー、だめだめっちゃ見てる! コレクション確定だ、絶対俺の中指気に入ってんじゃんこいつ)


爪だけならまだましな方かもしれない。


前世での仕事柄、指の付け根からないタイプの人間にも会ってきた身としては、人ごとではない。


「ほな、ノエルちゃんのこと教えてくれる?」


「教えてやんねぇ。『ちゃん』って呼ぶな」


「これなぁ、魔道具やねんけど、見たことある?」



リーヴは自分の胸元のペンダントを指さした。

紅い宝石がついた大きめのアクセサリーだ。


(あれ、これ見覚えあるぞ)


ノエルは気が付いた。


(これって、ルーナが持ってる……トライデントにはめる宝石とそっくりだ)


「魔石って便利やなあ。魔力が無くても、これをうまく使ったら、いろーんなコトができるんよ……無理矢理言うこと聞かせるつもりはないんやで。自分から話したくなるようにさせたげようなぁ」


何をさせる気なのか分からないが、なんだか不穏なのは感じ取れる。


「やめろ……」

「自分でも分かってるんちゃう? やめてあげられへんよ」


リーヴは空いた手でノエルの顎を支えた。


「俺、偶像代表アイドルやからなぁ」

「ふざけてんのか?」

「それが素なんやな、ノエルは。いいやん。スパイがだんだん本性出してくるんってたまらんよなぁ」


本格的な変態野郎である。

ノエルはびくともしない男の腕に辟易した。

小さな声で、


「……ちっちゃいファイア」


と唱えてみる。




男がつけていた腕輪が2つ、パキンッと割れた。


「あれ……?」

「うーわ……エグッ……ノエル、魔法使えるん? 俺のブレスレット2つも割ってしもぅて……結構、力がある魔法使いなんやな。ゼガルドから来たっていうのもほんまなん?」

「さあな」

「教えて」


全大陸の半数以上の女の腰を震わせるような艶のある低音で、リーヴは囁いた。まるで恋人同士の甘い睦言のようだ。


しかし、ノエルにとっては、そんなことよりも絡められた手の指先が気になる。



(あぁぁぁぁぁ……! 爪が……! 爪触られてるううううヤバイ無理無理無理! そこをそんなふうに見られたこと無いっていうか、想像以上のことをされてる感がスゲェ。無理だ。他はともかく爪はマジで理解できない……こいつ本気か? 本気なのか? なんか飲んじゃいけないやつをキメてるヤバイ奴なのか? 見た目がまともそうだっただけに油断した……くそ……)



ペンダントがぽうっと光る。

ノエルの視界が、桃色の霧が漂うようにぼやけていく。


「ほら、なーんも苦しくないで。ノエルは良い子やんな。教えて。誰に頼まれたん?」


リーヴの姿がかき消える。

そして、そこには、会いたかったあの人が現れた。

白髪交じりの短髪。皺のある手。鋭いのに、優しげに細められる目。


「ハルさん……?」


目の前のハルさんはにっこりと微笑む。


懐かしい。

ただ、懐かしかった。


「ハルさん……」

「さあ、言えば楽になる」

「楽に……」


ぼうっとする。

頭がふわふわして心地よい。

まるで夢を見ているようだ。

酷く懐かしくて、切ない。


「いったい誰に頼まれたんだ?」

「あ、何が……」

「タルザールの最高指導者に近付くように言ったのは誰?」

「たるざある? 何……」

「独裁者に近づけと命令したのは誰?」

「どくさい? ハルさん、俺、こっちでも元気にやってます……」

「ノエル」


冷水を浴びせられたようだった。


靄の中にハルさんが消えてしまう。

でも、それは幻だと、もう理解ができていた。


「違う……ハルさんは……呼ばない。俺をノエルと呼ぶのは……」


「ノエル様!」



紅茶の匂いのする風が、鼻先をくすぐった。

必死な時まで優美なんだなと思っておかしくなる。


(そうだ、これが俺の今の現実だ)


レインハルトは綺麗な顔に殺気を浮かべて、リーヴの首筋すれすれに矢の切っ先を当てていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ノエルは時々本当にダンプです
[一言] のノエルちゃんSOSやん~(滝汗)レインハルトスクランブルやで~
[良い点] 今貴方の意識に語りかけていますw
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