二手に分かれたぞ
「なあー、レインと二人で歩くのも久しぶりだ……ですわねぇ」
ギュンッと効果音がつきそうなくらいレインハルトの視線で威圧されて、ノエルは令嬢らしく、オホホホと笑ってみた。
タルザールの城下街の賑わいは、肌に当たって弾けるようだった。
「にしても、人が多いなぁ~……」
「税がありませんからね」
「なあ、さっきも言ってたけど、それってつまりどういうことなんだ?」
レインハルトは周囲の人々の動きを観察しながら、静かに説明を始めた。
「タルザールでは、国家が直接税を徴収することはありません。その代わり、商人や職人たちは自主的に収入の一部を寄付として納めています。寄附金が多いほど、良い場所で商売ができる。寄付金が公共のインフラや治安維持に使われているのです」
「なるほど、そういうことか。だから人々が自由に商売をしているん……のですわねぇ」
ノエルは街の活気に、しぱしぱと瞬きをしながら頷いた。
商人たちが自分たちの利益を守り、街を発展させるために自然と協力し合うような仕組みになっているのだ。
「そうです。この制度のおかげで、タルザールは商業が盛んで経済が安定しているのです」
とレインハルトは続けた。
「ふうん。考えついたやつ天才だな」
「ノエル様。言葉」
「お考えあそばした御仁は天賦の才ですわねぇ……」
レインハルトは少し微笑みを浮かべながら言った。
「さあ、俺たちも『観光』をしましょうか。お嬢様の『塩』のために」
「もちろんですわよ!」
ノエルは笑顔で応じた。
夢のフミリユ岩塩のためである。
度重なる貿易の申し出に辟易しているラソの指導者のために、ここタルザールの弱みを握らねばならない。
(に、しても……こんな活気ある市場初めて見たぜ。ゼガルドにも老舗の店はたくさんあったけど、雰囲気が全然違う)
ノエルは再び人混みに目を向けた。
活気ある市場、笑顔で会話する商人たち、そして通りを行き交う観光客たち。この自由な雰囲気が、タルザールの魅力なのだ。
「それにしても、観光客も多いなぁ~……」
というノエルに、レインハルトは頷いた。
「観光客の多さも、タルザールの経済成長に寄与していますね。地元の特産品や料理を楽しむゼガルドやオリテからの観光客は、商人たちに利益をもたらしています。結局、城下で物を安く買い、城下の外の宿屋に泊まる。税はあるものの、城外の宿場町も栄える。だから近年ここは経済成長が著しいのです」
ノエルはレインハルトとともにタルザールの城下街を歩き続けた。
水時計のある広場、値切る平民の観光客に軽口をたたく市場の女主人、屋台の串焼きの良い香り、キラキラと光る飴細工。賑やかな市場、活気ある通り、人々の笑い声に包まれた街並み。
(うお~……祭りみたいだ!)
わくわくしながらノエルは城下街を探索した。
「レイン! あっちに焼いたトウモロコシみたいのがあった!」
「とうも……? なんですかそれは? あ、ちょっとお待ちくださいノエル様! 人混みで通れない……」
レインハルトが行列の店の人混みを回避するのに手こずっていると、黄色い声がした。
「キャアッ! あそこのお兄さんめちゃくちゃイケメン!」
「ほんまやな!」
「ちょっとオニイチャン、お茶せぇへん?」
並んでいた客たちの中で何人かがレインハルトの美貌に気が付いたらしい。
「は、いや、そういうのは結構なので……」
「やーん、つれへんこといわんといてぇ」
「うちが先やで」
「あんたはすっこんでて! オニイサン、うち向こうの通りで店やってるんやけどぉ」
「お待ちくださいノエル様! うわ、ちょっと離してくれ」
「あんたこそ黙っとき! なあ、観光? あたし案内したげる」
「は、いや、その、結構だ」
「やーん、結構やってぇ、かわいいわあ」
もみくちゃにされているレインハルトに気付かず、ずんずんと直進したその結果。
「迷った……」
ノエルは見事に迷子になっていた。
「あれー……水時計の広場ってこっちじゃなかったか?」
おかしい。
ノエルは首をひねる。
なぜか、広場に行こうとしたのに、見たこともない町並みの場所に出た。
【幻の『雲の目玉』入荷しました】
【売り切りセール 狩人の血しぶきセット】
【珠玉のポフポフ 会員限定一見さんお断り】
とかいう怪しい看板が立ち並ぶ、薄暗い路地だ。
「えー……うーん……どうしよう……ていうか雲の目玉って何だろう? もしや銘酒!? 地酒でそういう名前って結構あるよな……店の入り口が紫と黄色のシマシマなのが気になるけど、いちかばちか行ってみるか?」
と、ノエルが後ろを振り向こうとしたその時、
「うわっ!」
「おっ?」
大きくて固い何かにぶつかった。
思わず地面に倒れそうになった体を、ぐっと誰かが掴んだ。
片手一本で自分を支える男の姿をノエルは見た。
「わ……」
大きい。
がっちりした体躯の、青い髪をした男だった。
男はすぐにノエルを、小鳥か何かのように優しく、地面にそっと着地させた。
「あー、すまんな! 嬢ちゃん、大丈夫? 怪我ないか?」
海の色のような瞳と目が合う。
観光客だろうか。
「こちらこそ、すみません。ぼうっとしていて」
「いやいや。俺もよそ見してたんじゃ、すまんなぁ」
男は微笑んでノエルの格好を見た。
「観光客か? こんな裏路地に用事とはなかなか通やなぁ」
「あ、ちがうんです。迷ってしまって……一緒に来た者とはぐれてしまったんです」
「迷子か! わはは、そりゃそうやな、若いお嬢ちゃんがこんなオッサンばっかのとこ、うろついとってもしゃあないわ」
人なつっこい笑顔は親近感がわく。
「連れがおるんやな、一緒に探したるわ」
男はにっかりと歯を見せて笑った。
「本当ですか? それは……助かります」
「ええねんええねん。困ったときはお互い様や。嬢ちゃん、名前はなんて言うん?」
「あ、えーっと、ノエルです」
普通に名乗ってしまい、直後にノエルは後悔した。
(俺、もしかしなくても、不用心!?)
レインが一緒だったらしかり飛ばされているかもしれない。
しかし、男は、
「ノエルかあ。ええ名前やな」
とにっこりした。
「俺はリーヴって言うんや。ここに住んどる」
「地元の方だったんですね」
「タルザールはどうや? 新しいけど、活気があるやろ」
「ええ。とてもすてきな場所ですね。人々も親切で、食べ物も美味しい。特にラクヤは食べる価値がありました」
とノエルが答えると、リーブは嬉しそうに言った。
「そら、よかった。ラクヤの他にも食べてみたか?」




