二手に分かれよう
ラクヤのモデルはシンガポールや東南アジアで食べられている『ラクサ』という麺料理です。
「タルザールの街自体の調査をする組と、タルザールの指導者について調べる組とに分かれて行動しましょう」
というレインハルトに、ノエルも同意した。
「そうだな、その方が効率がいい。組み分けはどうしようか」
レインハルトとマルクが顔を見合わせた。
マルクがそっと口を開いた。
「姉上とレインハルト、それとモルフェさんと僕でどうでしょうか?」
「おう? そうだな……いいけど、どういう分け方なんだ、これ」
「……えっと」
マルクが黙って正面向かい側のレインハルトを見る。
レインハルトが待っていたように口を開いた。
「回りくどい言い方と、率直な方とありますがどうしますか」
モルフェが眉をあげた。
「んだよもったいぶらねぇで早く言ってやれよ」
レインハルトの青い瞳が、静かな光をたたえてノエルとモルフェを見る。
「つまり、計算高い者とそうでない者を一人ずつ入れた組ですね」
モルフェが怒りを露わにした。
「おい! 俺らがバカだって言ってんのか!?」
「そうだが」
「お前ちょっと外出ろ!」
「貴様がもったいぶるなと言ったから率直に告げただけだ。店の中で騒ぐな」
「まあまあ」
と、取りなしてモルフェを座らせたノエルは複雑だった。
さっきからマルクが目を合わせてくれない。
「いいか、街の散策をして終わりじゃ話にならないんだ。ノエル様、申し上げにくいですが、先ほどの街中でのやり取りや普段の様子を見るにつけ、ノエル様は頭脳派というよりどちらかというと」
「いや、いい。そうだな、言いたいことは分かる」
体育会系という評価に、何の反論もない。
「ノエル様が学院でいうところのお勉強ができるのは存じております。俺が言っているのは普段の振る舞いや言動についてで」
「このチビの坊ちゃんの方が賢いって言いたいのかテメェは」
と、モルフェがマルクをフォークで示す。
「少なくともマルク様は人をフォークで指し示すなどといった不作法はしないな」
「うるせぇ!」
このままでは話が先に進まない。
ノエルは助け船を入れてやった。
「えーと、俺はそれでいいよ。レインやマルクがよく考えてくれるのも本当だし……あと、マルクは実際飛び級してるから本当に賢いんだ。魔法の実技はともかく、民法や経済の教科書だけなら高等学院のものは全部読み終わってたし」
「あ? 高等? こいつ何歳だ?」
「こいつではない。マルク様だ。マルク様は10歳だ」
「じゅ……」
モルフェが黙った。
ちょうど良く、そのタイミングでラクヤが運ばれてきた。
大きな金属の鍋に入ったスープは、ココナッツミルクのようなまろやかな香りが漂っている。その中に鶏がらの出汁がしっかりと効いているのだろう、甘みのある独特な香りが漂い、全員の食欲を刺激した。
「わあ……変わった料理ですね」
マルクが珍しい料理にキラキラと目を輝かせた。
スープの表面には、赤くスパイシーなオイルと砕いたナッツが浮かんでいる。
鍋の中にはエビや魚、鶏肉がたっぷりと入って煮込まれていた。
メニューの説明書きを見るともともとは、北方に暮らしていた寒い地域の先住民族から伝わった料理のようだ。
だからこの辺りの料理は、よくスパイスが効いているのかもしれない。
「よし、では……いざ!」
(いただきますっ)
ノエルは興奮気味にスプーンを手に取り、一口すくって口に運んだ。
「おっ? おおおお!? なるほど! そう来やがったか……うん、うん! これはこれで正解だな! うまいっ」
まず感じるのは、ココナッツミルクの甘さとまろやかさだ。そして、次に鶏がらの深い旨味が広がり、最後にスパイスのピリッとした辛さが後を追う。
「甘い、塩と旨味、辛いが折り重なってる味だ」
絶妙なバランスが、一度に様々な味覚を楽しませてくれる。
「これは美味しい!」
ノエルは笑顔で言った。
レインハルトとモルフェも一口食べて同意の意を示す。マルクは慎重にスプーンを運び、その複雑な味わいに驚きの表情を浮かべた。
「この木の実の食感が面白いですね」とマルクは感心したように言う。
ラクヤの中に入ったエビや魚も、スープの味がしっかりと染み込んでおり、噛むごとに旨味が口の中に広がる。
鶏肉は柔らかく、スープとの相性が抜群だ。
ノエルたちは汗をかきながらも、そのスパイシーな味わいに満足しながら次々とスプーンを口に運んだ。
自然と次の一口のために、口を開けてしまう。
「こんな料理があるなんてな。タルザールに来てよかった」
と、ノエルはしみじみと呟いた。
新たな味の出会いは心を豊かにしてくれる。
レインハルトが微笑んだ。
「食べ終わったら街の……『散策』に出かけましょう。俺はノエル様の、モルフェはマルク様の護衛として動きましょう。夕方にさっき通った水時計の広場に集合しましょう」
「そういえば、今日の宿屋は……」
「先ほど、店の前を通ったときに空きがあるか確認して手配しました」
と、そつが無いレインハルトが言う。
(しっかりした護衛がいて助かるなあ)
と、ノエルはのんきにラクヤをすすった。




