新興国タルザール
レヴィアスの東側と新興国とは、砂漠にそびえ立つ大岩で仕切られている。
とはいえ、大きな岩を越えたところで、広がるのは砂の舞う乾燥地帯だ。
ノエルたちは徒歩で整備のされていない砂地を歩いていた。
ここはもともと、砂漠と氷河だらけの不毛な土地だった。
しかし、近年になってから「新興国」と呼ばれるようになった。
「伯爵家で調べたところによると、タルザールには独裁者がいるらしいです」
というのは、ノエルの弟のマルクだ。
「家に帰らなくて大丈夫なのか、マルク」
とノエルが尋ねると、マルクは首を振った。
「母様たちが話してたんです。タルザールに魔石を渡すかどうかって。うち、鉱山を持っているでしょう。オリテとゼガルドの間のところに……実は、そこで魔石の鉱脈が見つかったんです」
「魔石?」
とノエルが尋ねる。
砂漠の気候にマルクはふうふうと息を吐き、汗をぬぐいながらも微笑んだ。
「姉上は使ったことはありませんでしたね。僕たちも必要はないといえばないのですが……魔力の固まりのようなものです。貴重な動力になるので、魔力のない人間の多いオリテではよく使われていますね。魔道具なんかに加工すると、いろんなことができるようです。まあ、まだまだ研究段階ですけど」
「ほー……そんなものが採れたのか。父様もお喜びだったんじゃないか」
「父様より母様が目の色を変えました。公爵家のお祖父様たちも集まって大騒ぎでしたよ」
ノエルはやり手の女主人、母親のアイリーンの貫禄を思い出した。
確かに、ビジネスの匂いを鋭くかぎつけるとしたら、アイリーンの方だろう。
コランドはどちらかというとリスクを減らしてうまく立ち回るタイプだ。
「母様は魔石を、タルザールに卸せないかと思っているんです」
「え? ちょっと待てよ、ゼガルドはともかく、オリテの方が近いだろ?」
「税率ですよ。タルザールがどうして発展しているか、姉上はご存じですか? 他国から品物を持ち込むとき、高い税がかかるでしょう。それは自国の生産物を守るためなのですが、タルザールにはそれが無いんです」
モルフェが口を挟んだ。
「おいおい、無いってのはどういうことだ? 税が無いのか?」
「いいえ、商品の売り買いに税はかかります。そうではなく、関所を通過するときの税が無いんです。これはすごく画期的で……僕たちがたとえば鉱石をオリテに持ち込むとき、関所に払う税が決まっているんです。でも、タルザールではそれがない。だから、タルザールは新しく小さな国で人口も少ないのに、経済的には急激に発展しているんです。つまり……」
モルフェが後を引き継いだ。
「誰でも自由に商売ができる、ってことか」
マルクが頷く。
「ええ。そういうことです。それに、独裁者のリーヴィンザールという男は、最近更に新しい政策を打ち出しました。城下であれば、商品の売り買い自体にも税はかからないとしたんです。だから、商人たちは皆、タルザールの城下に綺麗に集まっています。まるで引き出しに整頓されたスパイスのようですよ」
レインハルトが砂地に足を取られそうになっているマルクの手をひいた。
「そして、貴方がたもそのスパイスの一つというわけですか」
マルクは額の汗をぬぐう。
「うん、そうなるかもね。とにかく母様はタルザールに目をつけているんだ。レインも知ってると思うけど、こういう商才というか、天才的な勘が優れている人だから……ちょうどいいから僕も現地を見て帰ろうと思って」
ノエルが叫ぶ。
「えらい! というかマルク、この間生まれたと思ったのにもうそんなことまでできるようになったのかよ……天才か……?」
「僕ももう10になりましたから、そろそろ家業にも着手しなければなりません」
「着手とか難しい言葉を知ってるんだなあマルク~? すごいぞ!」
と、デレデレしているノエルをよそに、レインハルトは言った。
「マルク様が学業に秀でていらっしゃるのは理解していましたが、政治や経済の動きについては本当にお見事ですね」
マルクは照れて鼻の頭を指先でかいた。
「姉上がいなくなってしまう前から、王族と結婚する話は出てただろ? いつか姉上が家を去るときに、安心して旅だってもらいたいなと思って、家業をつぐ準備のための勉強はしてきたよ」
「マルクゥ! お前っ」
感極まったノエルをよそに、レインハルトは言った。
「しかし、危ないことがあるかもしれませんよ。新興国というくらいなのだから歴史も浅い。治安がいいとは限りません」
「レインたちもいるんでしょう? お前の剣の腕は僕も知っているよ。モルフェさんたちと黒竜まで倒したんでしょう。僕も連れて行って。お願い姉上」
と、ノエルの手をとってマルクは頼んだ。
「よし、行こう。姉上から離れるんじゃないぞ」
ノエルは素速く決意を固めた。
「やったぁ! ありがとう」
「ふふふ、しかたないなあ」
「ノエル様、あなた弟に甘すぎやしませんか?」
「俺はちびっこの面倒は見ねぇぞ」
とめいめいが話しながら、ついにタルザールの城下に到着した。
タルザールの城下は、街の華やかさと同時に緊張感が漂っていた。
高層の建物が立ち並び、豪華な商業施設が並ぶ。
一方で、軍服に身を包んだ男たちが絶えず見回りをしていた。
「ここがタルザールか……」
とノエルは呟いた。
「想像以上に発展してないか?」
「この街には監視の目がいっぱいですね」
と小声でマルクが答えた。
「監視だと?」
「ほら……あそこにいる軍服の男たちですよ。帯刀しています。腕のたつ武人たちが城下を見回っているのです」




