手紙の齎したもの
手紙は小さな文字でびっしりと書いてあった。
丁寧を通り越して慇懃な文体のその文章は、このように始まっていた。
「なになに……ラソの統率者よりレヴィアスの国王へご挨拶申し上げる……なんだこれ?」
「手紙というか、書状のようですね」
レインハルトがのぞきこんだ。
ノエルはレインハルトの青い目に訴えかける。
「それじゃあ、俺じゃなくてルーナ宛てだよな? 配達間違いじゃんか」
そそっかしい奴なんだろうか。
ノエルは首を傾げた。
ノエルの知っている限り、この大陸に郵便なんて制度はない。だから差出人本人か、配達役を委託された誰かが持ってきたということだろう。
それにしても、宛先間違いで矢を打ち込まれたのだとしたら、たまらない。
窓の傍で待機していたモルフェがいらいらして言った。
「なんだァ!? どっちにしても窓の外に怪しいやつがいるんだろ。攻撃してやる」
「だめだ、モルフェ。相手が分からない以上、危険だ。それにしても、今日は手紙に縁があるなあ。えーと」
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ラソの統率者からレヴィアスの国王へご挨拶申し上げる
こ度平和的合意に至りし折、耳に入り此方遠方から安全を祈り候
私事自国の家臣ティリオン、貴国にて歓待を受けし感謝いたし候
先日乃書状にて、ラソの事情取り扱い下され候わば、私共の嘆願・・・
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「だめだ! 難しすぎる」
ノエルは泣き言を言って手紙を放り投げた。
レインハルトが冷静に紙を片手で受け止めた。
床に転がってノエルはじたばたする。
「なんだ? 何語だ? 古代文字か?」
「ノエル様。文末表現に違いはあれど、大陸の上で我々は同一の言語を使っております」
「嘘だろ。あれは外国の言葉だったぞ」
「中立国ラソでは伝統を大切にするといいますから、あれがかしこまった表現なのでしょう」
「読めねぇ……レイン、解読して。翻訳してくれ」
「仕方ありませんね」
浜辺に打ち上がった魚のようになってしまったノエルのワンピースの裾をさりげなく直し、レインハルトは手紙を分かりやすい言葉に訳した。
それはこのようなものだった。
「レヴィアスの東西併合について聞いた。平和に解決して何より。こちらの話になるが、先日はティリオンが世話になった。歓待してもらい感謝している。以前の書状で、ラソの国政を気遣ってくださったので、嘆願したいことがある」
「おー、お願い文書ってわけか。なんだろ?」
「ラソの北側の土地、新興国のタルザールという国が急激に力をつけてきている。レヴィアスとラソが塩と農作物との交換をしていると聞きつけて、しつこく自分も仲間に入れろと言って来ている。ラソとしては、レヴィアスとは友好のために特別に門戸を開くが、他国と貿易をする気はない。何度もきっぱりと断ったがまだ諦めていないようだ。しつこいので何とかしてくれ」
「しつこいから何とかってそんな……」
カメムシの駆除くらいの手軽さで言ってのけてくれたが、相手は国だ。
ノエルはラソのティリオンのやけに堂々とした横顔を思い出した。
「ちなみに、なんとかしてくれたらすぐにでもフミリユ岩塩を貴国へ贈る」
「本当かよ」
思わず真顔になってしまった。
毎日思い描いていたラソのフミリユ岩塩が、ついに手に入るかもしれない。
ノエルはごくりと唾を飲みこんだ。
「要するに、タルザールにラソとの貿易を諦めさせたらいいんだな?」
「まあ、そういうことですね」
このチャンスをぜひともモノにしたい。
ノエルは真剣だった。
攻撃を諦めたモルフェがつまらなさそうに言った。
「にしても、なんでラソは使者を送ってこないんだ? 友好国なんだから、堂々と入ってきたらいいのに」
「文末に書いてありますよ。ええと……ラソの国民、エルフは歌と弓と魔法を基とする民族であり、最敬礼としての矢番え文を贈る。我が国の国防力、軍事力を感じてくれれば幸いだ。この間は失策をしたが本来のエルフの能力は高い。使者には領地に入らずに矢を射るよう命じた。何か失礼があれば捕虜にしてくれ」
「捕虜ってそんな……命がけだな矢を射る奴」
「そして、この矢はラソにしかない聖なる木で作られたものであり、それ自体が魔力の塊である……、とのことです」
モルフェが矢を持って、しげしげと眺めながら言った。
「へぇ。エルフの聖木か。持ってたら金貨でも落ちてくるんじゃねぇか」
「は、発想が俗だな」
「うっせ。じゃあ剣にでもするか? いくぞー、くらえっ!」
と言って、モルフェが鳥の羽のように軽い矢を持ち上げて、振り上げた。
ため息をついたレインが攻撃されたかのように、大げさに退いてみせる。
なんだかんだ言って、ふざけて遊び出す。
(まったく、男子ってのはいつになっても戦いごっこが好きなんだなあ)
ノエルは男子高校生のじゃれあいを見守るがごとく、温かい目で二人を見守った。
一時はどうなることかと思ったが、軽口をたたけるほどには仲間として認め合っているようだ。何よりだ。
モルフェから矢を奪い取ったレインハルトが、今度は攻撃側にまわった。
といっても遊びなので、実際に切り付けたりはしない。
ただ、剣技の得意なレインハルトの動きは流麗で、戯れであれども美しい演舞のようだった。
「えいッ!」
「うぎゃああやられた……ッあ!?」
ジュッと、有機物の焦げる独特の臭みある熱の匂いがした。
モルフェが信じられないといった表情をしている。
癖のある黒髪をおさえ、レインハルトを見ている。
ある種の怒りを帯びた視線だ。
「んぁ? なんだ」
何が起こったか分からず、ノエルはまばたきをした。
モルフェの後ろの壁が焼け焦げている。
レインハルトは呆然と手元の矢を見ている。
モルフェが震える指でレインハルトを指さした。
「ノエル、こいつ、嘘つきだぞ」
「いやいやいやどうしたんだよ」
「魔法以外にねぇだろあんなの……! あとオランジュ一個分左だったら俺の顔が燃えてたぞ。お前、詠唱もせずに……くそ、魔法使えたのか!? なんで黙ってた!?」
誰よりもレインハルト本人が戸惑っていた。
「いや、そんなはずはない。子どものころも、成人してからも魔力石は全く光らなかった。俺自身、オリテにいたころから魔力がないと言われて育ったんだ」
「どういうことだよ」
「詰め寄られても分からないものは分からない」
「うるせぇ。これ見ろ。俺の前髪が……燃えて短くなったじゃねぇか! ダセェ! クソダセェ髪型になったじゃねぇか! どう落とし前つけてくれんだ」
諍い合う若者たちを眺めながら、ノエルは思った。
レインハルトは綺麗だ綺麗だとみんなが言っていたし、自分だってそう思っていた。
けれど、こんなに人間離れした美貌ならば、もしかして本当にエルフと繋がりがあってもおかしくないんじゃないだろうか?
それなら、エルフの国の聖木とやらで作った木を触って、不思議なことが起こったとしてもおかしくはない。
ノエルもためしに矢を振ってみたが、何も起こらなかった。
「とりあえず武器になるっぽいし、お前が持ってればいいんじゃん?」
と、ノエルは言った。
「しかしノエル様! 俺は魔力など……」
「どういう仕組みなのか分かんねぇ……」
ノエルは付け足した。
「あ、暴発するかもだから、モルフェが持ってて、使うときはレインに渡せばいいな。はい決定」
「ノエル様!」
「ノエル!」
「なんだよ、じゃあ今三人で頭ひねって答えが出るのか? 出ねえだろ。人生は有限だ。考えても無駄なときに考える必要は無い」
若者二人は微妙な顔をして押し黙った。
そのときノエルの頭には、岩塩で塩焼きにしたボアの肉がくっきりと描写されていた。
「さあ、もう今日は遅い。寝てまた考えよう。明日は来るんだ」
かっこ良い雰囲気で言ったが、やはりノエルの脳内にはフミリユ岩塩で焼いたつけあわせの野菜が描写されていた。
かくして、レインハルトは謎の剣を手に入れた。
翌日、ノエルたちは手紙をマールの村長トゥレグに託して、ルーナに送ってもらうことにした。
足の悪いトゥレグも馬車でなら、西へ行くことができる。
そして、ノエルたち一行は支度を整え、新興国タルザールへと旅だったのである。




