ルーナの統治
初日の就任の直後こそ、獣人のくせに……という心ない言葉を投げつけられたが、ルーナは気にしてはいなかった。
その後すぐ、渡されたトライデントを使ってみたのが良かったのかもしれない。
大地と海を揺るがす力がある、と歴史書に書いてあった古代兵器トライデント。
「どうなるかやってみようぜ!」
と、軽い調子でノエルは言った。
(子どもの虫取りじゃないんだから……)
と、ルーナは思った。
新しい虫取り網を試してみようぜ、というのとは訳が違うのである。
が、仮にも一度は恩義を感じ、人生を賭して着いていこうとまで思った尊敬する相手だ。
「もし暴走してしまったら、どうしましょうか……」
と不安がるルーナの手を握ったノエルは、
「俺がグレイムにいるうちに、試してみよう」
と言ったのだった。
山脈を作れるような超人的な魔力を持つノエルがついているなら、もしもの時も安全だろう。
納得したルーナはトライデントを手に持ち、仲間と海へ向かった。
グレイムの側にある、ちょうどこの聖堂の真裏にある海。
街の近くはリゾートになっているが、聖堂の裏は魚を取るような港がポツポツとあるだけの、田舎だ。
三叉の槍の柄にあいた空洞に、ルーナが紅い宝珠をはめ込むと、鈍い色をしていたトライデントはみるみるうちに輝く金色になり、キランと光った。
恐る恐る、ルーナは人のいない海岸を眺めた。
「い、いきます!」
ザクッ!
トライデントは白い砂に刺さった。
潮風が吹き抜ける。
特に何も起こらない。
「あれ? 何も起こらないな」
「偽物だったんでしょうか」
首をひねっていると、モルフェが癖のある黒髪を指に巻き付けながら、ポツリと言った。
「これの原動力が魔力に近いもんだとすると……使い手が願わないといけないんじゃないか。俺たちが魔法を使う時と同じように、エネルギーを形にするんだよ。頭の中で」
「ええっ……例えばどんな?」
「知らねぇよ。お前が考えろ。おら、念願の本物の海だぞ。何でもいいから想像して、やってみろ」
「人が死にそうなのはやめてくれよ」
と、ノエルが慌てて付け足した。
(うーん……海で、やりたいことかぁ)
ルーナは想像してみた。
(海にはお魚がいるんだよね。オリテにいた頃、何回か食べたけど、骨も多くて薄くてあんまり美味しくなかった。もしかしたら、美味しいお魚がいるかもしれない)
「よし! 今度こそ! えーいっ」
ルーナは海に向かって、トライデントをかざした。
三叉の槍の先端から、白いエネルギーがほとばしって水面に降り注ぐ。
ダァン!!
とものすごい爆音がした。
「わっ……」
さすがのルーナも突然のことに怯んで、片目を瞑った。
そして、海が割れた。
「う、えっ!?」
海面はそのままだが、一筋の道が出現し、海水は見えない力によってせき止められている。
どうしよう!
後ろを振り返ったルーナはすぐに後悔した。
レインハルトたちは側で3人肩を寄せ合って、呆然とするルーナに野次を飛ばした。
「最高指導者のルーナさぁーん! 説明たのむぞー! これは言い訳できねーやつだぞー!」
と、煽るモルフェ。
「うっわ……鬼に金棒っていうか……ルーナにトライデントっていうか……人選間違えたかも」
と、引くノエル。
「これはうまく使えば確かに兵器になりそうですが、……ルーナ、いったい何を願ったんだ?」
と、分析するレインハルト。
(あんたたちが、やれって言ったんでしょう!?)
ルーナは、チックッショオオオオォ!!と叫びたい気持ちを押し殺した。
仲間への甘えと期待を捨てる時だ。
ルーナは叫ぶように答えた。
「魚が! その! 取れるかな、と! 思ったんです!」
よく見ると、海面にぷかりと無数の魚たちが浮かんできている。
「さ、魚!? うははは……」
モルフェが爆笑し始めた。
「こいつ、ここにきてまだ食欲で動くって……最高指導者なのに……やべ、ツボに入った」
と、煽り続けるモルフェ。
「うわっ、リュウグウノツカイとかジンベエザメも浮いてる!? 深海にも影響が!? 大丈夫かこれ!?」
と、他人事のようなノエル。
「電流でしょうか……いや、衝撃波のようですね。ふむ、一匹捕まえてみたけれど、気絶してるだけのようだ。仕組みはどうなってるんだ」
と、ひたすら分析してくるレインハルト。
ルーナは無言でトライデントをザクッと砂浜に突き刺した。
今度は強いイメージを持ってのことだった。
たちまち、白い砂がうぞうぞと虫のように動き出し、ノエルとモルフェとレインハルトを取り巻いた。
突然のことに抵抗できない3人は、顔だけ出した丸い卵のようなオブジェになる。
「ルーナ、なんの真似だテメェ」
「どうしたのルーナ……あ、今日アレ? アレの日? イライラしてる?」
「なぜ俺まで!?」
海岸に出現したオブジェ3人はともかく。
ルーナは彼らを放置することに決めた。
今は己の好奇心を優先しよう。
魚だ。
ルーナは気持ちを切り替えて海の道を歩いた。水の壁を見てみると、貝や海藻以外のあらかたの生物は浮き上がっているのが分かる。
ちょっと水の壁に乗り上げて、手を伸ばすと簡単に魚が取れた。
「とれたのはいいけど……これって食べられるのかな」
困っていると、後ろから
「ルーナさん!?」
と、声がした。
茶髪の若い兵士の、肉だか魚だか、なんかそんな名前の人だ。
「な、海が割れ……大丈夫ですか!?」
彼には後ろの、目を皿のようにした男三人組は見えていないらしい。
「誰に言ってんだ、熊女が大丈夫じゃないわけねぇだろ。どっちかっていうと俺たちの方を心配してくれ」
「おいニック、ルーナがトライデントでやったんだよ。ルーナだし大丈夫だって。お前、素手だろ。気を付けろよ」
「毒のあるクラゲとか道に落ちてるから、気を付けて下さい」
(なんであたしより心配されてんのよ!?)
ルーナは掴み取った魚を丸かじりしてやろうかという気持ちになったが、一握りの理性でそれは堪えた。
ノエルにニックと呼ばれた茶髪の男は、海の道をルーナ目掛けて走ってくる。
「ルーナさん! こんな……危ないですよ」
唯一、己を心配してくれた。
ルーナは目の前の少し頼りなさそうな茶髪の男の認識を改めた。
「大丈夫。一緒に戻りましょうか」
と、ルーナはニッコリした。
微笑みかけられたニックは、首がもげそうなほど何度も頷いた。
帰り道の浮き上がっている魚の腹がきらきらと光って面白かった。
その後、ニックが港街中に触れ回り、その日はちょっとした魚つかみ捕り祭りがおこなわれた。
集まった人民たちはルーナの持つトライデントの強大な力に驚くと共に、普段は食卓に上らない高級魚を無料で手に入れられるという好機を喜んだ。
そして、レヴィアスの整備が始まった。
広大な砂漠には石畳が敷かれ始めた。
完成の暁には、乗り物を使ってこの地を横断することも夢ではないだろう。
ルーナは割れた道を元に戻さずに、そのままにすることにした。ノエルに大きなガラスを頼んでいるから、モルフェに強化魔法をかけてもらったらいい。ガラスごしに、いつでも魚が見られたら楽しそうだ。
ノエルとモルフェ、レインハルトはマールに戻ったが、ルーナはグレイムに残っていた。
ルーナはレヴィアスの最高統治者として、忙しく動き回っていた。
成り行きとはいえ、困っている者がいて、自分が力になれるなら動きたい。
つい、レヴィアスを見ているとそう思ってしまう、人の良いルーナだった。
ディルガームが使っていた私邸を使うのは何となく嫌だったので、港の近くの丘にある聖堂を寝泊まりに使っている。
ここは、昔、迫害される前の獣人たちの中で地位のある者たちが使っていたらしく、所々に石を彫った獣の型取りがあって、歴史の跡がある。
獣人騎士団はレヴィアス騎士団と名前を変え、人間の兵士も迎え入れることにしたようだ。
といっても、獣人の身体能力は余りにも高いので、勝てっこないと悟った人間たちは魔道具を作ることにしたらしい。
「ルーナさん! 見て下さい、新作を作ってみました!」
毎日のように、茶髪の兵士のニックはルーナのところに魔道具を見せに来る。
ルーナの周りにはもうたくさんの人がいる。
獣人騎士団の皆だけではなく、重税と徴兵に苦しんでいたグレイムの市民たちも、ルーナのことをおおむね好意的に迎えていた。
(まだ時々は差別してくる人だっているかもしれないけど、負けない)
ルーナは首からかけたトライデントの宝珠をそっと撫でた。
(ここが、あたしの……新しい居場所)
そのとき、聖堂のルーナの私室のドアがノックされた。
カルラだ。
「ルーナ。貴方を尋ねてきた人がいるよ。通す?」
聖堂のベンチに座っていた訪問者は、ルーナを見て立上がった。
「あの、すみません。ここに、ノエル・ブリザーグという人はいませんか……」
紅い巻き髪の青年を見たルーナは、びっくりして目を見開いた。
「あなたは……」
※これにてレヴィアス編終了です。
巻き髪の青年は一瞬名前が出てきたことがある人です。
次回からはオリテ制圧に向けて、全裸エルフ(※語弊)と新興国タルザールの変な人と交流しつつ、冒険が進みます。
進むはずだぞ!!!!!進んでくれ!!!
最終回シーンだけはもう書いたので、そこに向けて突き進むのみですね。
とりあえず私の中ではハッピーエンドです。
レインハルトの過去が最後の最後にちょっと分かる『ひんやりスイーツ』の話も今週完結です。こちらもよろしくゥ!
惜しむらくは、スイーツそんな出てこなかったことですね。




